検定比の無限後退

①「構造設計上の層間変形角が大きすぎて耐震上、災害時大規模避難施設指定ができていない」
②「高性能断熱パネル使えなくて熱負荷でかい」
③「杭の検定比ギリギリで構造余裕なし」

 最初の「災害時大規模避難施設指定」とは何なのだろうか。ひょっとして災害対策基本法による福祉避難所の指定のことなのだろうか。市場問題PT議事録を見ても、層間変形角については出てくるが、「災害時大規模避難施設指定」に関する発言は見当たらない。それはともかく、避難施設指定は行政機関の発注者が決める事柄であるし、断熱性のレベル設定は、予算との兼ね合い等、様々な条件が関わるので、発注者と受注者が打ち合わせて決めるものである。最低基準の建築基準法を満たしていないというような指摘ではなく、自分はこのようにすべきと思うという「意見」に過ぎない。

 これに対して杭の検定比の指摘は、不備の指摘どころか意見ですらない。「車の運転は18歳からできるが、18歳ギリギリで運転するのは余裕がない」と個人の感想を述べているのに近い。とはいえ、ギリギリは気持ちが悪いと感じる人は結構存在する。例えば、次のような小細工を弄して気持ち悪さの解消を考える建築関係者もいる。

余裕のある設計???

検定比が”0.99”。いかにも余裕の無い設計に見える。そんな時は、検定比 を書くをやめて、許容応力と設計応力を比べる書き方にしよう。

 リンク先にも書いてあるとおり、印象だけを変える小細工ではあるがNGをOKに改ざんするインチキではない。検定比0.99はOKである。ではなぜこんな小細工が必要なのかというと、構造計算については素人の施主に不安を与えないため、あるいはクレームの予防のためだろう。

 構造計算を知っているならば、検定比がギリギリでも、安全上の余裕は十分あることはわかっているはずであるが、そうではない一般の人は、不安になるかもしれないので、小細工(配慮?)も必要なのである。食品の安全基準値を僅かに超える有害物質が含まれていると不安になって買い控える心理と同じである。

 検定比とは、許容値に対する検定値(応力等)の比であり、1.0以下であれば合格である。検定比がピッタリ1.0でも、安全上の余裕は十分あるし、そうでなければならない。安全上の余裕は、強度の安全率や荷重の設定上の余裕などで、二重三重に見込んであるので、検定比が少々1.0を超えても安全である。しかし、どこかに線引きしなければならないので取り決めととしてNGとしているだけである。そして、その線引きは十分余裕を見込んである。

 ただし、安全上の余裕は十分あるのだが、設計者の作業上の余裕がなくなるという別次元の問題はある。ちょっとした条件変更や、些細な数値の間違いでも、計算の修正では済まずに、最初の断面仮定からやり直しにもなりかねない。合格基準値を目標に製品の生産を行えば、平均値は合格基準を満たすが、個々の製品の半数が不合格になってしまう。そこで、目標値は高めにする。建築関係では、コンクリートの調合管理強度と調合強度の関係がそうである。構造計算でも検定比1.0を目標にするという博打はあまりしないが、結果的に検定比1.00.1なら合格である。コンクリートの調合強度も製造前の目標値であり、製造後の強度試験によって確認しなければならないのは調合管理強度である。当然ながら、調合強度は50%の確率で下回る。(実際は、いろんな安全要因が有るため、もっと低くなるが)

 また上述したように、構造設計をよく知らない人が不安を感じた場合に説明しなければならいというリスクも増える。もっとも、豊洲市場建物では、説明しなければならない建築の専門家が不安を感じている。専門家もいろいろである。

 さて、安全余裕があるにもかかわらず、検定比1.0に不安を感じる人も、0.8程度なら安心するかもしれない。ところが、検定比0.8を新たな基準値とすると、その基準値で検定比を割った、「検定比の検定比」は検定比が0.8の時1.0になる。となると、基準値に対して余裕がないと心配になり、さらに「検定比の検定比の検定比」と無限に安全を求めることにならないだろうか。

 そんな馬鹿なことにはならないと、ここまで読んだ人は思うだろう。だが、それは「検定比の検定比」には2割の余裕が見込んであるという説明を読んで知っているからである。もし、その説明せずに、判定基準値に対して1.0とだけ言えば余裕がないと感じるかもしれないのである。検定比1.0では余裕がないと感じるのも、構造計算の実態を知らないからであり、その不安の心理は同じである。

 この心理は、線引きに起因する。現実は「極めて危険」の真っ黒から「頗る安全」の真っ白まで連続的なグラデーションである。しかし、そのどこかに線引きしたとたんに、その線を境に真っ黒と真っ白に分かれていると錯覚してしまう。その結果、線引きギリギリだと、真っ黒ゾーンに入り込みそうで不安になる。実際の線引きは真っ白に近い灰色部分にあるのだが。

 線引き問題は、どのような分野にもある。自分の専門分野なら状況がよくわかっているので、不安になることは無いが、専門外では不安になるのもやむを得ない。そういう場合は、専門家が丁寧に説明して不安を解消すべきだ。ところが、豊洲市場建物では、専門家が不安をまき散らしている。これは、専門家といっても素人に毛が生えただけなのか、あるいは分かっていながら意図的に不安を煽っているのか、そこは憶測するしかない。