盛土の蓋効果

 高橋洋介さんの「1時間でだいたい分かる。築地移転の話を図解しました。」(kindle版)を読みました。その中で,私の今までの認識と違う箇所がありました。それは,専門家会議の提言と技術会議の報告の変化です。専門家会議の提言では,A.P.+2.0m以深の土壌は汚染土壌のままで,そこから有害物質が地上に出てこないように盛土で蓋をするという対策になっていましたが,技術会議の検討により,A.P.+2.0m以深の土壌も浄化することにしたため,盛土はかさ上げの役目だけで,汚染物質の蓋の役目はなくなったということです。

 もし,そのとおりであれば建物下の盛土がなくなったと大騒ぎしていたのは何だったのかということになってしまいます。専門家会議や技術会議の委員も盛土がないことを問題にしていますから,にわかには高橋洋介さんの解説は信じられません。そこで,専門家会議と技術会議の報告書や資料は私もざっと目を通していましたが,もう一度確認してみました。

 結論を言うと,技術会議の報告書には汚染土壌対策のメニューに盛土が入っていますが,その機能は明確に説明してありません。一方,専門家会議の資料には,盛土の蓋としての役割を計算したものがあります。(前記事参照)従って,盛土に蓋の機能がないかどうかは非常に分かりにくいです。というか,汚染土壌対策のメニューに盛土が入っているのですから,そういう機能があるのだろうと解釈するのは普通で,私も2日前まではそう思っていました。しかし,詳しく読み解くと,蓋の機能を期待していないとは言えませんが,実質的に機能が無くても何ら問題ないことが分かってきます。

 まず,技術会議報告書の「3提言の特色」の(1)イに次のように述べてあります。

イ 地下水を敷地全面にわたって早期に環境基準以下に浄化
地下水を早期に浄化できる処理技術によって、市場施設の着工までに、建物下・建物下以外の地下水をあわせて環境基準以下に浄化する。
これは、建物下・建物下以外を分けて段階的に浄化していくとした専門家会議の提言を超え、安全・安心をより一層確保するものである。

 ここでのポイントは「環境基準以下」というところです。これに対して専門家会議の報告書では,土壌汚染対策を建物建設地と建物建設地以外に分けていて,地下水に関して,次のように述べています。

(建物建設地)
①地下水中のベンゼン、シアン化合物の濃度が地下水環境基準に適合することを目指した地下水浄化を建物建設前に行う。

(建物建設地以外)
②揚水した際に処理を行うことなく下水に放流できる濃度レベル(排水基準に適合する濃度)で地下水管理を実施し、将来的にベンゼン、シアン化合物の濃度が地下水環境基準を達成することを目指す。

 専門家会議の提言は,建物下は環境基準以下にしますが,それ以外は排水基準以下(将来的には環境基準以下)と分けています。

 そして,前記事で説明した,専門家会議の「7.土壌中からの汚染空気の曝露による影響の評価」は,地下水の汚染濃度が例えばベンゼンでは1.1mg/Lにすれば,地上空気は大気環境基準以下になり,また食品中の水分は水質基準の1/1000以下になるという計算でした。では,専門家会議の提言にある排水基準と地下水環境基準がどの程度かというと,0.1mg/Lと0.01mg/Lです。

 すでに専門家会議の検討の時点で,盛土の蓋としての機能の確認計算は排水基準の10倍の濃度の地下水に対して行っており,提言は建物下以外は排水基準以下にし,建物下は地下水環境基準以下にするとしているのです。さらに,技術会議の報告では,土壌を浄化して,敷地全面を地下水環境基準以下にするとしています。地下水環境基準は,計算の1/100以下です。

 以上のことから,専門家会議の時点ですら,盛土の蓋としての機能は建物建設地下ではあまり期待してなさそうですし,技術会議の時点では敷地全体で期待していないと言えそうです。ただし,盛土なしでも地上空気は大気環境基準以下になるという確認の計算はしてありません。盛土はかさ上げのためいずれにせよ行ないますから,その必要はないと判断したのでしょう。

 実質的に,盛土に汚染物質の蓋の役目は全く必要ないと私は思いますが,それは技術会議の報告書には明記してありません。普通,ない機能のことまでは記載しませんから。そして,盛土自体は汚染土壌対策のメニューとなっていますので,形式的には不備があるといえばあります。環境評価の手続きでも同様の状況なのでしょうね。仮に,盛土の代りに4.5mの厚さのコンクリートで被覆しても手続き的には不備というつまらない話になりますが。