大事な議論がされない(築地市場編)

 豊洲市場移転に反対する方々が挙げる反対理由は,土壌汚染,建物の耐震性不足,施設の設計不備というところです。これらの問題がなければ喜んで移転するとはいきませんよね。なぜなら,本当に理由が別にありそうだからです。表向きの理由は当然,移転先が豊洲とわかった後,さらに豊洲市場の施設の設計内容が分かった後に出てきたものです。ところが,東京都中央卸売市場のホームページの「築地市場移転決定に至るまでの経緯」によれば,移転先がどこだろうと,移転そのものへの反対運動が昔から繰り返されています。再初の反対運動は昭和50年代の大井市場(現・太田市場)移転の時から起こっています。移転構想自体は昭和30年代からあります。築地市場が取扱量や交通量の増加に対応できなったためで,そのころから問題を抱えているわけです。

築地市場移転決定に至る経緯
http://www.shijou.metro.tokyo.jp/toyosu/pdf/pdf/book/book_all.pdf#page=30

 大井市場移転の時も,水産業界の意見がまとまらず,都は水産業界に統一見解の要請をしています。その間,移転反対の総決起集会が築地本願寺で行われたりしたためかどうか分かりませんが,移転をあきらめ,昭和61年に築地現在地での再整備が決定しています。平成3年に再整備工事に着手したものの,工期の遅れや工事費の増加,そして業界調整の難航のため頓挫します。平成10年に業界6団体連盟で,臨海部移転の可能性について調査・検討の要望が出されています。都はこの時も業界各団体の一致した意思の確認が必要とボールを投げ返しますが,結局,業界の意見はまとまりませんでした。

 業界意見が一致しなかったため,再び,現地再整備の検討を平成11年に築地再整備推進協議会で行っていますが,再整備でも合意に至らず,それどころか現地再整備の問題点がますます明らかになっただけでした。

・営業しながら工事では20年を要する。
・建設費用の増大。営業活動への深刻な影響。
・基幹市場としての機能配備が不十分。

 その結果,推進協議会において「現在地再整備は困難であり,移転整備との方向転換すべき」と意見集約されました。

 そのような紆余曲折を経て,平成13年に「豊洲移転」の第7次東京都卸売市場整備計画が策定されています。東京ガスと都との土地売却の協議はそのころ行われ,平成13年に基本合意に達しています。豊洲の施設設計が行われたのはその後であるのは言うまでも有りません。築地市場は,昭和30年代から問題を抱えており移転構想もありながら,再整備に何度も失敗し,豊洲が登場するのはつい最近の平成13年です。それ以前に今と同じようなスッタモンダを繰り返しています。

 一言でいえば,都は役人的及び腰で判断を業界に投げつづけていましたが,業界も自力で解決できず,石原都政時代に指導力を発揮して豊洲移転が決定したという経緯が見えてきますね。業界の意見がまとまらないため,現地再整備に着手したり,検討を行いますが,業務への影響が大きいというこれまた業界からの要望で,移転に舵を切るということを繰り返しています。移転に舵が切られる度に反対があるのには,仲卸業者の経営問題という根の深い理由があるわけですが,それは結局解決されていません。土壌汚染やら耐震性はその都度探し出してきた後付けの理由とみる方が自然だと思います。根を解決しないと多分同じことの繰り返しじゃないかな。

築地市場豊洲移転と移転に向けた準備状況 − 農林中金総合研究所
https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n1511js2.pdf

仲卸業者は,その多くが零細事業者であり,売上高3億円以下の事業者が大半である。さらにこの規模の事業者は経常赤字会社,債務超過会社の割合が高い(第5表)。仲卸業者の多くは移転時の設備投資・更新にかかる金銭的負担感を強く感じており,移転事業を仲卸業者の統廃合を進めるものとして否定的に捉えてきた。その後態度を軟化させ現在に至るものの,卸協会が当初から移転を受け入れる姿勢を示していたのとは対照的である。

 零細業者の経営問題が放置されていたわけではなく,移転に耐える体力のない業者の廃業や合併・統合・再編などが模索されているようですが,今度は再編への不満や反対もあったようです。はた目には護送船団に甘えるのもいい加減にしろと言いたくなりますが,門外漢の知らない事情もいろいろあるのでしょうね。ちなみに,零細業者の経営問題は建設業界にもあり,公共工事縮小の時代には他業種転換を国交省が後押しするというようなこともしていました。「建設業には将来性がないので見切りをつけた方がいいんじゃないの」と国交省が支援しながらも冷たく突き放したのです。時代の変化に対応できない業界にはよくある話です。

 一応,平成11年に移転へと意見集約されてはいますが,廃業・転業とという不本意な選択をした業者も多かったのではないでしょうね。ここからは推測になりますけど,廃業を決断した業者は,豊洲市場の設計に要望を出すはずがありませんし,興味もないはずです。つまり,このような業者の意見は豊洲の設計に反映されていないことになります。都に対しては,業者の意見を聞いてもらえず設計をすすめられ,設計内容も教えられなかったという不満のある仲卸業者もあるようですが,立場を変えてみると,移転する気のない業者は,無理難題ばかりを要求し,足を引っ張るばかりという不満が都や設計者にはあるかもしれません。

 真相は分かりませんが,そもそも建設自体に反対がある業者が設計に満足するとは考えにくいです。不満が募るのは,根にある零細業者の経営問題が姿を変えて表面化しただけでしょう。一見,移転賛成派と現地再整備派の対立のようでいて,実態は改革派と現状維持派の対立だと思います。なにしろ,過去の経緯は移転も現地再整備も反対にあって頓挫しています。現状維持派が移転にも現地再整備にも経営的に耐えられないのならば,どちらにも反対せざるをえませんね。

 実はこの根の深い問題を扱うのに格好の場があります。市場問題PTです。日建設計の設計がどれだけ下手糞でも,80年以上前の列車輸送前提の設計より機能的に酷くて,耐震性もないってことはいくらなんでもありません。建物の耐震性やら面積が足りないなどというお門違いの議論をするよりはるかにマシだと思いますが,いかがでしょうか。もっとも,今頃やっても遅すぎますし,こういう問題は当事者次第ですから,PT委員が素晴らしい提案をしても無駄かもしれません。病気の自覚のない患者は名医も治せません。

 銀座の高級店を相手にしている仲卸業者がおかしくなっても,幸いにも私の生活に大きな影響はなさそうです。ただ,市場関係者の内紛のトバッチリを建築関係者が受けているようで良い気分ではありません。さらに,建築関係者が根拠薄弱な憶測で他人の設計にケチをつけ,市場関係者に迷惑をかけているのはもっと嫌な気分です。