反証不能な話

 わたしは特段の発明の才があるわけではないが、稀に思わぬアイデアが浮かぶこともある。アイデアのみならず、実際に作成してしまうことも、皆無ではない。その9割方は、作ってはみたものの、期待外れの結果に終わる。そんな中にも、人類の将来を変えてしまうほどの影響力を持つ発明が一つだけある。すでに特許は取得してあるが、その権利は行使しないつもりである。人類の繁栄に貢献する価値があり、人類全体の共有財産としてあまねく使っていただきたいからである。ただ、残念ながら知る人は少ない。この小文は、万人に周知するためである。率直に言えば宣伝であるが、経済的な目的ではない。興味がある方は、特許情報で「タイムマシン」で検索してもらえば、必要な情報が得られるであろう。

 タイムマシンと聞いて、大方は引いてしまったと想像するが、中にはさらに興味が倍増した物好きいや好奇心旺盛な向きもあるであろう。作成を試みられる場合は、詳しい情報を無償で提供できるので、ご一報願いたい。ここでは、その概要を示したい。

 タイムマシンは、一般には不可能と考えられているが、真実は異なる。わたしの他にもタイムマシンの特許は複数認められているのである。ただし、それらには致命的な欠陥があり、人道的理由故に実用をはばかられるのである。特許にはそういうものが多い。

 例えば、未来への旅行は相対性理論からも可能である。一般にも映画「猿の惑星」で知られるように、時間の進行は一様ではないので、それを利用すれば未来に行ける。また、過去に遡行するのは簡単ではないが、それも私の理論を応用すれば可能にはなる。

 可能ではあるが、依然として実用上かつ人道上の解決しなければならない障害が残っている。ここで、時間旅行はいかなる目的で行われるのであるか考えていただきたい。わたし自身についていえば、単に興味と好奇心を満たすためというのも偽らざる動機ではあるが、これよりは幾分高尚な動機があるのも確かである。過去に旅行すれば、現在に残された痕跡では知ることが不可能な考古学的知見が得られるであろう。幸運に恵まれれば、生命の誕生、さらには宇宙の誕生の深遠なる秘密も解明できるであろう。一方、未来への旅行の収穫は言うまでもない。未来の知識である。これらは、人類にとって計り知れない価値をもつ知的財産となりうる。

 しかし、時間旅行には深刻な問題が存在する。旅行者は現代に戻ってきた時点で、現代に居続けた人々より旅行中の経過時間だけ歳をとってしまうのである。単なる物見遊山の旅行であれば、その影響は無視できるであろう。しかし、人類への貢献を目指すライフワークともなれば、頻繁に時間旅行を繰り返し、過去または未来の滞在時間は数十年及ぶであろう。既婚者であれば、配偶者との生活に深刻な影響を及ぼすであろうし、子供が親の年齢を追い越す事態もありうるのである。

 一見、この問題は容易に解決可能に見える。旅行に出発した時点に帰還せずに、旅行時間分だけ出発時間から経過した時点に戻れば旅行者と留守番者は同じだけ歳をとることになる。ところが、それでは帰還したことにならず、まだ旅行中なのである。旅行者と訪問先の人間は直接的な接触はできない。旅行者は訪問先の世界に干渉することはできず、観察しかできない。旅行者が訪問先の住民に干渉して歴史を改変するのは小説の世界の出来事に過ぎない。現実には旅行者というよりも観察者というのが正確である。人との接触や干渉ができるのは、出発した時点に復帰した場合のみである。

 この問題は厄介であるが、私は解決策を見出した。出発時点への帰還とともに、リセットを行う技術を開発したのである。平易に述べれば、旅行中に経過した時間は巻き戻され、出発時点と同じ年齢に若返るのである。

 この技術によって問題は解決されたので、わたしは早速、試運転を試みた。とりあえず、100年後に向かい、そこで10年ほど滞在し、未来の驚くべき知識を持ち帰ってくる計画をたて実行した。戻ってくれば、10年の経過はリセットされるので、出発した時点と同じ年齢に戻る。

 試験旅行は首尾よく大成功に終わり、私は未来の知識を関係各所に報告しようとした。しかし、それは叶わなかった。旅行中の記憶も持ち帰ったはず資料も一切リセットされ跡形もなく消え去ってしまっていた。

【問題】
 このできの悪い話は現実の主張のアナロジーである。現実の主張の例をできるだけ挙げよ。