昭和16年12月18日

 夕刻,愈今晩香港島へ渡河決行との命令下る。夜になると敵は自動回転式探照灯を照射してくる。探照灯香港島中央山腹がボーッと明るくなると,九竜西端海岸より照射し,吾々がこれから下山渡河点へ前進しようとする道路を照射,現地点より東の方山腹へ移行する。渡河点迄は舗装された九十九折りの狭い一本道で,遮蔽物一つない下り道である。
 兵馬総て木葉や雑草で偽装。日暮れて出発下山を始めるが,照射された時の気持ちは何とも言いようがない。御者の兵は馬に面し引き綱を両手で握り「オーラオーラ」と小声で言う。砲手は馬の尾を掴み動かないようこれも小声で「オーラオーラ」。大声で言っても敵に聞こえる筈はないのだが,探照灯の照射が気持ち悪いからだろう。なかなか先に進まない一本道で照射が近づいてくると,隊長の号令「止まれ」。御者は馬へ対面「オーラ」。何回繰り返したことか。長い距離ではなかった筈なのに,ホントに長く長く感じたのは小生一人ではなかった。途中で「先ほど,工兵隊による渡河成功の赤信号弾が香港島海上に上った」と伝令が知らせる。やっと海岸に着く。九竜突角鯉魚門砲台前面である。敵砲弾もひっきりなしで,ドンバリドンバリと繰り返しやって来ては派手に破裂する。80屯位の船が待機している。山砲弾薬機材等そ夫夫の装具も忘れないよう注意しつつ積載。約20分船上無事。香港島へ特科隊としては一番乗りをなす。
 上陸後,大造船所近くの缶詰工場跡に宿営。敵の攪乱射撃が一晩中大きな音をたてては破裂して居た。疲れからか平気で眠りにつく。
翌12月19日。第二大隊渡河完結。