過剰診断付き逆宝くじ

 以前、原発のメタファーとして「逆宝くじ」というものを考えました。この宝くじはお客が買うのではなく、胴元が買います。1枚1500円で買ってもらえますが、当たってしまうと胴元に1千万円払わなければなりません。不幸な当選確率は1/10000なので、期待値はプラス500円となり、お得です。でも、万が一、当選した場合のことを考えれば、参加する人は少なそうです。将来のことは気にせず、後は野となれ山となれという考えの人なら参加するかもしれません。

 さて今回、「逆宝くじ」に過剰診断を組み込んでみました。宝くじを売った人の心配事は、当選です。そこで、当選の可能性を診断するオプションが100円で付けられます。ただし、診断は確実ではなく、当選しそうだと診断された人の当選確率が1/100に高くなるだけです。対して、当選しなさそうだと診断された人の当選確率は低くなります。

 さらに、当選しそうだと診断された人は、20万円支払えば「治療」を受けられ、当選確率を1/10000に戻すことができます。つまり、期待値マイナス98,500万円をプラス500円に戻せるのですが、20万円支払うのですから「治療」は受けない方が確率的には得です。しかし、受けないでいることができるでしょうか。1/10000の確率でも心配で診断を受けるような人が、1/100のリスクを気にせずにいられるでしょうか。1/100程度は気にしないのなら、1/10000ならもっと気にならないはずですから、そもそも最初から診断を受けないでしょう。

 さらに、当選しそうだと診断された人に「治療」を勧めずに、実際に当選してしまった場合、お客から胴元が訴えられる可能性があるとします。これは、検診で早期ガンを発見しても、進行することはないと放置した結果、不幸にも致命的な状態に悪化して訴えられた場合に相当します。一方、「治療」して当選しなかった人は、「治療」しなくても当選しなかったかもしれません。ただ、それが誰かは分からないので、「治療」して訴えられるおそれはありません。

 当選しそうだという診断なら「治療」を受けた方がよく、そうでないなら何もしないでよい、という具合に診断結果によって処置が異なってこそ、診断する意味があります。ところが、「逆宝くじ過剰診断」では、処置は同じで診断の意味がありません。無意味でも「治療」を行わなければ、無駄な診断をしただけですが、大抵の人は、ハザード(最大値)、つまり、致命的な被害1千万円の確率が増えたという変化に反応して、不安が増しそうです。その結果、しない方がよい「治療」をしてしまう可能性が高くなります。

 診断結果あるいは、「治療」によって、ハザード(最大値)は変わらないのですが、なんとなく変わるような錯覚に多くの人が陥りそうです。その錯覚のため、「治療」を選択してしまうと、ハザード(最大値)は変わらないのに、リスク(被害の期待値)を増やしてしまいます。

 もし、当選確率を1/10程度、つまり期待値マイナス100万円程度の精度で診断できるのであれば、その場合は20万円の「治療」をした方がよいという判断が出来ます。この場合でも、10人中9人は「治療」しなくてもよいので、「過剰診断」は生じていますが、診断をする意味はあります。10人で総額200万円の「治療」費によって、1000万円の被害期待値をほぼゼロにできます。

 現実の医療の過剰診断については、私自身、誤解がありました。今のところの大雑把な理解は次のようなものです。

 診断や治療が不確実である限り、過剰診断は存在する。それでも、その損害以上の利益があれば診断や治療を行う意味はある。ただし、全体的な利害であって、個別の誰が利益を得て、誰が損害を被ったかは分からない。しかし、診断や治療を受けるのは個人なので、なかなか理解が難しい。

【12/1追記】

 Lhankor_Mhyさんから、「1/10の精度で診断できるなら」という下りは偽陽性と混同しそうで過剰診断に誤解を生みそう、という貴重なはてぶコメントを頂きました。確かに「精度」という表現は不適切のようです。
 もう少し調べて、「過剰診断」と「偽陽性」の違いについての記事を書くかもしれません。