ドベネックの桶

 クリーンルームのような特殊な建築は別にして,建築の空調は,新鮮な外気を取り入れて屋内空気をきれいにするという考えです。これに対して,豊洲の地下ピットは汚染されているので,屋内に汚染空気が流入しないように遮蔽するという考え方です。

 ところが,空気の汚染状態を実測してみると,外気より地下ピットがきれいだったりします。もちろん汚染物質によって違いがあり,水銀などは地下ピットの濃度が高くなっています。

第4回専門家会議資料

 大騒ぎしていたベンゼンについていえば,外気の濃度が高くなっています。外気より少ない汚染物質を含む地下ピットの空気を遮断しようとすれば,非常にお金のかかる厳重な対策にならざるをえません。そうやって,懸命に遮断している一方で,それよりも汚染物質を多く含む外気は積極的に取り入れています。懸命な遮断の努力は全くの無駄骨となっているわけです。

 水銀については,地下ピットの汚染が大きく,専門家会議も気にしています。とはいえ,地上の屋内には影響していません。これをさらにきれいにするための追加対策で数十億円を使うことには大きな疑問があります。

 なぜ,このようなことになるかというと,専門家会議が土壌汚染の専門家の会議だからでしょう。専門家会議に与えられた使命は地下の汚染の影響を少なくする対策に限った提言だけです。建物に及ぼす様々な汚染源の総合的な評価は所掌範囲外です。ドベネックの桶でいえば,地下水汚染対策という一枚の板を高くするだけの役目です。ところが,それよりも低い地上外気の板から,水はだだ漏れというわけです。

 では,ドベネックの桶全体を見る役目は誰なのかというと,その一人は建築家でしょう。本来は建築家も専門家会議に参加するべきだったと思います。しかし,実際には専門家会議の提言を天与の設計与条件として設計しただけというのが実態です。通常,建築家は依頼者の要望を聞くだけではなく,本当にその要望は必要なのかに遡って打合せします。吹き抜けのリビングルームと明るいトップライトが欲しいと言われて設計したら,夏は暑くて,冬は暖房が効かず住めないというクレームになったりしないためです。

 しかし,もっと重要な統括役は建て主です。建築家が知らない,さまざまな事情が建て主にはありますから,建築家と建て主は十分打ち合わせをする必要があります。豊洲市場の建て主は東京都卸売り市場であって,最終的には都知事です。市場の移転は,市場だけの問題ではなく,オリンピックや様々な都市問題と関わっていますから知事は総合的に判断しなければなりません。でも,小池知事は有権者受けする桶の一枚の板しか見ませんね。