意思決定プロセスとか実質的安全性とか

小池知事、「改革」へ主導権 人気あやかり接近の動きも
http://digital.asahi.com/articles/ASJ9X5K25J9XUTIL032.html?rm=1487
演説冒頭では、今月10日に公表した豊洲市場江東区)の主な施設下に土壌汚染対策の盛り土がなかった問題にふれ、「都政は都民の信頼を失った」と指摘。信頼回復のために、「責任の所在を明らかにする。原因を探求する義務が、私たちにはある」と強調した。

 燃費不正の三菱自工がユーザーの信頼を失ったように、都政は都民の信頼を失ったというのが小池知事の認識かもしれません。小池知事だけでなく多くの人が同様に感じていそうです。でも,私は、三菱自工よりも、スズキに近いと感じています。

 スズキは法令に定められた方法で燃費を測定していませんでしたが、法令による方法で測定した燃費は、スズキの不正な方法よりも悪く、実質的な問題は有りませんでした。そのことは分かりやすかったので,ユーザーの批判もほとんどなく、そこが販売台数を大きく落とした三菱との大きな違いでした。とはいえ遵法精神に欠ける行為であり、実質的な問題につながりかねません。手続きや形式にも重要な意味があるのですから、社長は謝罪しましたし,それは当然です。

 豊洲市場の場合,実質的な危険があるのかは,専門家会議の結論待ちですが,私はむしろ地下ピットの方が安全で,危険性があったとしても対応は簡単だと予想しています。小池知事も安全面よりも意思決定の手続き不備を問題にしているようです。ただし,世間の多くは,手続きに不備があれば,安全にも問題があると受け取ります。そこが,燃費不正との違いだと思います。車の燃費ほどには,汚染対策や建築について一般の関心は高くなく,知識もありません。

 さて,手続きの不備にかかわる都の意思決定の調査結果が公表されましたが,予想通りの結果でした。少なくとも,建築部門は「敷地全面に4.5mの盛土をする」という基本方針は守られているという認識だったわけです。建物下のピットを必要な配管スペース以上の面積と深さにしたのは,汚染対策のためであり,むしろ改善のつもりだったのです。この認識は私が,この問題を初めて目にした時と全く同じです。一体何が悪いのか分かりませんでした。つまり,誰も方針変更したという意識がなかったのですから,誰が変更決定したのかなんて分からないということでしょう。あえて言えば,図面に判を押した建設部門の責任者であり,それに基づく契約書に公印のある知事という組織として当たり前の話にしかなりません。組織的に責任者不在なんてことはありえません。

 とはいえ,基本方針を言葉通りによめば変更は変更です。言葉通りに機械的に行うことが重要だといういうのは,ある一面の真理です。例えば,JCOの臨界事故は作業手順の改善という創意工夫が招いたものです。改善など行わずに規定通りに行うべきだったのです。型通りに行うことの重要さは安全対策では強調されます。指さし呼称に始まる安全対策マニュアルは余計なことは考えずにそのとおりに行うことで効果を発します。

 ただし,マニュアルが効果を発するのは,決まりきった定型的な行為の場合で,ある一定のレベルを維持するためです。五郎丸のルーティンと同じです。これに対して,建築の設計のような非定型で創造的行為には全く適さないやり方です。創造的行為は常に危険をはらんでいます。建築行為も下流の施工のような段階になると,型通り行うことが重要になりますが,上流の企画や設計を型通りに行うというのは不可能というか型はありません。

 事故や問題が発生すると,必ず再発防止策が唱えられますが,ほとんどの再発防止策は,型通りに行うマニュアルの強化や徹底です。一方,非定型行為の危険防止策としては,関係者の風通しをよくして,打ち合わせを十分にしたり,縦割りの撤廃ということになります。ところが,これはマニュアル強化と矛盾します。マニュアル強化は縦割り強化になるからです。自分の分担だけをマニュアル通りに行い,分担外のことに口出ししたり改善提案をしてはいけません。

 そもそも,専門家会議を設置して基本方針を定めること自体が,マニュアルから外れたプロジェクト実施方法です。前例のないプロジェクトなので,特別に専門家会議で基本方針を定めるわけです。そして基本方針は基本であって詳細なマニュアルではありません。基本方針には実施する際の複雑な諸条件にどのように対処すべきかは書いてありません。文字通りに受け取れば,盛土部分には地下ピットだけでなく,舗装路盤や側溝,桝も設置できませんし,杭も打てないことになります。どこまでが,実施担当部門の裁量の範囲なのかは基本方針には書いてありません。従って,専門家委員会は基本方針を定めたら解散でお終いではなく,施設完成まで関わらなければならないことになります。現実的に多忙な委員には不可能なので,通常は実施部門の判断が普通です。その判断が間違いだったのかもしれませんが,判断ミスというのは,法令違反でもルール違反でもありません。仕事をしていれば判断ミスはありえて,勤務評定には影響しますが,刑罰や行政処分の対象にななりません。

 また,土壌汚染の専門家は建築の専門家ではありません。一見,土壌汚染の専門家が上位の基本方針を定め,下位の建築実施部門がそれに従うという体制ですが,安全の問題は土壌汚染だけではありません。鮮魚を扱う施設では,建築計画の不備で動線が交錯して,食中毒を引き起こすこともあり得ます。土壌汚染対策とそれ以外の安全対策は総合的に考えて一つの施設としてまとめなければなりません。当然,それぞれの対策の妥協が必要になります。

 しかし,土壌汚染は政治的に最も優先度の高い事項になっています。地下深い地下水の汚染よりも,安全に係わる事項はもっと沢山あるはずですが,世間は注目しません。一般的に,このような政治案件の施設は非情にアンバランスで高コストの施設になります。

 例えば,4.5mの盛土部分には一切の施設を作らないのならば,杭は止めて浮き基礎にして,舗装や側溝や配管スペースもその上部に構築するため,設計地盤高さは4.5mの盛土のさらに2mほど上に設定し,市場のスペースはそのまた上になります。そして,そこにトラックがアプローチする搬入搬出経路は,長大なスロープとなるのではないでしょうか。

 当然,このような施設は使いにくく,安全面に問題があり,高コストです。それがまた批判の対象になります。プロジェクトを実施するには,さまざまな条件を総合的に調整しなければならないのですが,批判はある一つの問題について完全を求めてきます。まあ,それは宿命で仕方ないのですが,一言言いたい気分にはなります。

(補足)
 専門家会議の位置づけはよくわかりませんが,合議で意思決定する委員会と,諮問(意見を尋ねる)審議会などがあります。審議会は意思決定機関でもなく責任もありません。責任は答申を受けた行政機関にあります。専門家会議が審議会だとすれば,基本方針を変更したということがそもそもありえないという解釈になります。地下ピットは設計業務を発注するという早い段階で決まっていたのですから,東京都は専門家会議の答申を受けて,最初から地下ピットという実施方針だったということになります。批判は,答申を尊重していなかったということですが,東京都は尊重していたつもりだろうと予測していました。そして,調査結果もそうでした。