NHKはなぜスクランブルを採用しないのか

 NHKは受信料を払わないとスクランブルで見られないようにすれば良い,という意見はよく見ます。その通りですが,NHKにはその気はないようです。経費の問題もあるでしょうが,それよりも,民間有料放送と同じになってしまうのを恐れているように思います。それをやってしまうと,公共放送という特別な立場が危うくなりそうです。公共放送というからには,貧困者でもみられるように無料にし,運営は税金でというのが筋です。その一方で受信料は頂きたいという矛盾した願望があるわけです。その願望を徹底し,スクランブルを採用すれば,金を払った客だけを相手にしている民間放送と同じになってしまいます。どっちつかずでうまくやれないかと。

 放送法では,NHK放送を受信すれば,受信料を払えとは規定していません。受信しようがしまいが,受信機を設置したものは契約を結ばなければならないとなっています。これはほとんど理解しがたい法律ですが,制定当時の状況を考えれば理解できないことも有りません。

 制定当時(1950年)は,まだNHK民間放送局もテレビ放映は行っておらず,放送法1条目的に「放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図る」とあるように,これから放送事業を育てるという段階でした。NHKはその使命を担わされていたわけで,単なる一放送事業者ではなく,放送事業全体の発達のために,調査研究技術開発などを行わなければならなかったのです。

 受信料とはその名が表すようなNHK放送の受信料ではなく,放送事業全体の発達の為の資金だったんじゃないでしょうか。ですから,NHKを見て居なくても払わなければいけないという理屈が成り立たないこともありません。

 そうだとしたら税金にしても良かった筈ですが,テレビは贅沢品でしたから,国民全体から徴収するのははばかられたんでしょう。利用税という間接税にすればその点は解決出来ますが,そうすると,NHKだけでなく,民間放送局を介しても税を徴収し,それをNHKに回すという面倒なことになります。そこで,有料道路の通行料と同じ型式にしたのでしょう。通行料は契約に基づく支払いです。

 「放送の健全な発展は自分にも利益がある。そのためにNHKが尽力するのなら対価を支払っても良い。その意志表示として受信機を設置した」という自由意志に基づいた契約とみなそうというわけです。でも,そんな視聴者が存在するなどと言うのは無理がありすぎます。有料道路だって,道路事業の健全な発達のために通行料を支払っているのではなく,その道路を通行したいからドライバーは通行料を支払っているだけですからね。

 受信料として徴収するのなら,ただ乗り防止のスクランブルなどで対応すれば良く,「契約しなければならない」という不可解な法律は不要です。しかし,それをしてしまえば民間有料放送局と同じになりますし,NHKを受信せず,民法だけ見る視聴者からは徴収出来ません。そのような視聴者からも徴収するには,公共の福祉の為の税金として徴収すればよいけど,それも面倒なのですね。

 全く考え方が首尾一貫していません。場面場面で弥縫策的に対応しているだけじゃないかと。