信用創造は魔法か?

■何もないところから預金を産みだす

 銀行は、預かったお金を貸し出して、金利差で儲けている

 これは、私が子どもの頃に教わりましたが、間違いと知ったのは、10年ぐらい前です。「本当は、銀行は何もないところから貸し出す預金を生み出している」というのは結構な衝撃でした。まるで打ち出の小槌のような魔法ではありませんか。しかし、「何もないところから」というのは誤解を招く表現だと思います。正確には「現在はなくとも、将来得る見込みがあれば」というべきではないでしょうか。また、産みだしているのは預金の数字に過ぎず、実態的価値ではありません。それが産みだされるのは将来です。

 

■一斉に預金が引き出されることはない

 銀行預金とは、「お金が出来たら返す」という借用書みたいなものだと思います。「返す」が「引き出せる」に替わっているだけです。ただ、通常の借用書と違うのは、将来というのが何時なのか明記してないことです。なんなら今すぐお金を引き出すことも出来るのです。ないお金をどうして引き出せるのでしょうか。その秘密は、多数の預金者が存在するところにあります。多数の預金者が一斉に引き出すことは稀で、引き出しに備えておくお金はわずかで済むという事実にあります。この原理は保険に似ています。一斉に保険金を払う可能性がある地震保険は補助なしでは難しいですが、自動車保険なら成立します。

 そんな綱渡りは危ないと思う方もいるかもしれませんが、預かったお金を貸し出しているという嘘の場合も綱渡りという点では同じです。預かったお金を貸し出したら、預けた人が引き出せなくなるではありませんか。でもほとんどの人がその心配をしないのは、一斉に引き出される可能性は少ないと思っているからでしょう。

 

■遊んでいる資源がある

 一斉に引き出される可能性が少ないとは、何を意味しているかというと、世の中には、使われないで遊んでいるお金が沢山あるということです。それを必要な人に回しているのが銀行です。ただ、これだけでは、「預かったお金を貸し出している」という間違った理解と変わりません。実際は、もう少し複雑です。使われないで遊んでいるのはお金だけではありません。生産活動を行うための資源が遊んでいます。例えば、材料、労働力、生産場所などなどです。これらの物質的なもの以外にも生産活動には、知力つまり情報を処理し、管理する頭脳が必要です。そういう頭脳を持った人材も遊んでいます。そして、世の中のこれらの資源が100%利用されていることはあり得ません。もし利用されていれば、それ以上の成長発展のない終点ということになります。

 

■遊んでいる資源を利用する

  遊んでいる資源があり、利用したい人がいても、それを手に入れる資金が無ければ利用できません。銀行はそういう人に融資します。融資するのは銀行預金であり現金ではありません。銀行はそれほど現金を持っていませんから、すぐに預金から現金を引き出されると困ったことになりますが、前述の通りそういう事態は稀です。現実には銀行預金のままで(数字を書き換えて)取引(決済)は行われ、現金が引き出されるのはわずかです。

 

■先ず預金通貨の発行、次に実態的価値の生産

 融資時点では、実態的価値のある生産物はまだ存在しません。単なる数字に過ぎない預金通貨が産みだされ、融資先の借用書が書かれるだけです。次に、その預金通貨の数字を信用することで経済活動が行われ生産物が産みだされます。最後に、融資先がそれを通貨に替えて銀行に返済すれば、借用書は廃棄されます。つまり、先ず預金通貨が先に生み出され、後でそれに見合う実態的価値のある製品などが生み出されるわけです。預金通貨は実態的価値を生み出す呼び水のようなものかもしれません。最終的に、実態的価値と見合っただけ預金通貨も増えています。経済が成長したわけです。

 

■時差のある取引を成立させる信用

 以上の預金通貨の重要な機能は、時差を処理することです。同一時点でAとBが交換できるものを持っていれば取引は簡単ですが、現時点では持っておらず、将来に持つであろうという場合は、信用が必要になります。その信用を与えるのが銀行の預金通貨といえます。銀行は融資先の信用調査を行い信用に足るならば融資します。銀行は、将来に実態的価値が生み出されるように、それに先立ち預金通貨を生みだしているだけです。それもいくらでも生み出せるのではなく、将来の実態的価値生産の見積もりに応じている必要があります。信用創造が魔法に見えるのは紙切れに実態的価値があるという勘違いでしょう。

 

■大事なのは支出

 政府日銀の発行する現金は、銀行の預金通貨よりさらに大規模な信用創造ではないでしょうか。日銀が発行した通貨を、政府は実態的価値を生み出しそうな分野に支出します。重要なのは、実態的価値を生み出しそうな分野に支出することと、支出先が実態的価値を産みだすことです。大事なのは支出ではないでしょうか。