被相続人 - 反対の反対

 前の記事で触れた改正建設業法をみていたら、違和感漂う奇妙な言葉に出くわしました。
 
被相続人

 意味は、「遺産を残して亡くなった人」だそうで、何故そういう意味になるのかは、例えば次のリンク先に書いてあります。

「被相続人」とは亡くなった人のこと。 初心者でも分かる相続の登場人物の専門用語を分かりやすく解説


 そこの説明では、「被」は「~される」という受け身の意味を表すので、「被相続人」とは「相続される人」になるそうです。確かに、「土地が相続される。」などと言います。この場合、相続されるのは土地ですから、「被相続品」とでもいうのでしょうか。

 このことから類推すると「被相続人」とは、人間が受け渡しされるかのような人身売買めいた響きを感じますが、そういう意味ではなくて、何故か「遺産を残して亡くなった人」なんですね。亡くなった人に受け身の意味合いも持たせると、「遺産目当てに殺された人」みたいになって、今度は、犯罪めいた響きがしてきます。

 もう一つ「被承継人」という言葉も法律にあるようです。「承継人」とは「受け継ぐ人」で、「被承継人」とは「受け継がれる人」です。これも人身売買的意味ではなくて、「厄介な事を誰かに受け継いでもらって、肩の荷が下りた人」というような意味です。少々余計な意味を付け加えましたが、「受け継いでもらった人」だけだと、渡す人、受け取る人、受け渡しされる人の三種類の解釈が可能なので、限定する都合です。言葉は微妙ですね。

 さて、人身売買や犯罪の件は別にして、「譲る」に「被」を付けると、「譲られる」になるのは当然ですが、さらに「譲られる」に「被」を付けると「譲る」に戻るのかという大疑問があります。「譲る」の受け身が「譲られる」で、そのまた受け身が「譲られられる」で、元に戻って「譲る」になるのでしょうか。どうも私が使ってきた日本語とは違います。私は、「譲られられる」なんて表現は聞いたことがありません。

 「譲る」は能動的な意味合いがあり、その受動形の「譲られる」とほぼ同じ意味の「貰う」という言葉があります。「貰う」にはもともと受動的な意味合があって、この受動形は「貰われる」ですが、「「譲る」という意味にはなりません。少々混乱してきたので、具体的例で整理してみます。

バレンタインデーの例

「アリスがボブにチョコを譲る。」の受動形には二つあります。「ボブがアリスからチョコを譲られる」「チョコがアリスからボブに譲られる。」です。

では「ボブがアリスからチョコを貰う」の受動形はどうでしょうか。「チョコがアリスからボブに貰われた」はありますが、「アリスがボブからチョコを貰われた」は意味不明です。

 なんとなく分かってきましたよ。反対の反対は賛成かもしれませんが、受働の受働は能動にはなりません。「薄薄緑」が「深緑」にはならないようなものです。同様に「被被害者」も「加害者」にはなりません。多分、刑法にもそんな言葉は無いと思います。調べたわけじゃありませんが。

 つまり、こういうことです。「反」や「逆」のような言葉は方向性を反転しますが、「被」にはそういう働きは有りません。能動的な行為を受ける受働側を表すだけです。受動的な行為を受ける側はありませんから「被」を付けることは出来ないのです。「被相続人」とは、勘違いの産物というのが私の結論です。ところで、先ほど「貰われる」という言い方がありました。これは一見、受働の受働みたいに見えます。

 そうではないことは、「アリスがボブからチョコを貰われた」という言い方がないことから分かります。アリスとボブの関係では、アリスが能動でボブが受働です。従って、受働のボブに「被」を付けて能動のアリスを表すことは出来ません。でも、アリスやボブとチョコの関係では、アリスやボブが能動で、チョコが受働です。よって、チョコを主語とした「貰う」の受働表現はあります。

 こんなどうでも良いことをあれこれ考えていると、言葉っていい加減なところもあるけど、緻密なルールもあるのだなあと感じます。緻密なルールは暗黙知なので、全然意識にのぼりませんが、ルール違反センサーが違和感を発報するんですね。

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