悪文 - 令和元年6月12日公布 改正建設業法

 法令関連の文章が分かりにくいのは万人の知るところです。別に嫌がらせで分かりにくくしているのではなくて、分かり安さを犠牲にしても、あいまいさを避けるのが重要だからです。なので、瞬時には理解できなくても、時間をかけて読み解けば、意味は分かるようになっています。普通はね。

 残念なことに、逆にあいまいになっていたり、解説なしでは解読不能な場合もあります。以前にもこのテーマで記事を書きました。

この点検を実施しない場合は,この点検を実施をしなければならない

 世の中には、法令の解説書が数多く出版されています。このことは、法令だけ読んで理解できる人は少ないということを表しています。法令とは、分かっている人が確認のため読むもので、分かっていない人が読んで分かるようには書いてありません。

 さて、今年の6月に改正建設業法が公布されました。この中にも分かっていない人が読んでも分からない例がありました。次の条文です。とりあえず読んでみてください。

第二十六条の三 特定専門工事の元請負人及び下請負人(建設業者である下請負人に限る。以下この条において同じ。)は、その合意により、当該元請負人が当該特定専門工事につき第二十六条第一項の規定により置かなければならない主任技術者が、その行うべき次条第一項に規定する職務と併せて、当該下請負人がその下請負に係る建設工事につき第二十六条第一項の規定により置かなければならないこととされる主任技術者の行うべき次条第一項に規定する職務を行うこととすることができる。この場合において、当該下請負人は、第二十六条第一項の規定にかかわらず、その下請負に係る建設工事につき主任技術者を置くことを要しない。

 理解できたでしょうか。この文章には「元請負人が」、「下請負人が」や「主任技術者が」という主語が沢山出てきますが、それを受ける述部がどれなのか、一読しただけで分かりません。少なくとも私はわかりませんでした。他にも、気になる点があり、わざと分かりにくくしているんじゃないかと邪推したくなりましたよ。

 どうも再読しても、この条文だけでは意味が理解できそうにないので、カンニングしました。下記リンクに国交省の解説資料があります。

建設業法、入契法の改正について

 この助けを借りて何とか解読できたところで、何故分かりにくいのか、一つ一つ詳しく点検しました。以下、その点検結果です。

■「特定専門工事の元請負人及び下請負人は、」という提題部(topic maker)に関する記述がない。

 文法的には、諸説あるようですが、日本語の「は」は主語をあらわす格助詞(subject maker)ではなく、その文あるいもっと広く文章の話題を示すものと言われます。「は」の直後だけでなく、もっと後ろまで影響することを日本語のネイティブスピーカーは無意識に分かっています。そのため、読む人は、「元請負人及び下請負人」の両方に関する記述がその後に述べられていることを期待します。ところが、それに該当する記述は、「その合意により」だけで、それ以外は「元請負人」か「下請負人」のどちらかの記述しかありません。違和感を感じます。

 もう少し詳しく説明すると、この条文は二つの文から成っていますが、最初の文は「下請負人が置かなければならない主任技術者」の行うべき職務を「元請負人が置かなければならない主任技術者」が行うことができる、と述べています。後の文は、「下請負人は主任技術者を置くことを要しない」ことを述べています。話題であるはずの「元請負人及び下請負人」については、「元請負人下請負人の合意」がありますが、主たる話題ではなく、補足的な内容です。その後に両者が行うべき主たる記述があると期待して読み進めても出てこないので話題が宙に浮いたような違和感を感じます。

 ケチをつけるだけなら誰でもできるので、修文提案もしてみます。「合意」云々は補足的な内容ですので、例えば、「特定専門工事の元請負人及び下請負人の合意が有る場合には・・・」としたらどうでしょうか。

■ 複数ある主語「・・・が」とその述部の対応が分かりにくい。

 前述の補足部分を除いた最初の文の意味を国交省資料を元に読み解き、その構造を示すと次の通りです。それほど複雑でもありません。にもかかわらず分かりにくいのですね。

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 「元請負人が」の述部は直後の「置かなければならない」で、「下請負人が」の述部も直後の「置かなければならない」です。ここは問題ありません。ところが、「主任技術者が」の述部は、「下請負人が置かなければならない主任技術者の」の後の「職務を行うことができる」です。間に挟まった部分にも「下請負人が」という別の主語があるため、主述の対応が不明瞭になっています。例えば「私が君が行ったところに行く」という表現には違和感を感じる人が多いでしょう。普通は、「君が行ったところに私が行く」と表現します。あるいは、提題文にして「私は、君が行ったところに行く」とすべきでしょう。「は」で示される提題部は、直後だけでなく、後ろの方まで影響しますが、「が」で示される主語の述部は直後にないと混乱します。「は」は脳内メモリに長期保存されますが、「が」は短期記憶しかされないようです。

 修文案としては、主語と述部を近づけるように記述順序を入れ替えるのはどうでしょうか。

■ 参照条文を一文の中に入れているため、分かりにくく、しかも同じ参照条文を繰り返しでうるさい。

 主任技術者の修飾節の「第二十六条第一項の規定により置かなければならない」や、職務の修飾節の「次条第一項に規定する」が繰り返され分かりにくくなっています。これらは、なおがきで後で記述したほうが、文の骨格が明瞭になりすんなり読めます。

■ 多分、「当該特定専門工事につき」の位置がおかしい。

 「当該特定専門工事につき」が元請の記述部分にありますが、下請けの内容なので、後ろに持っていったほうが妥当じゃないかと思います。

■「その行うべき次条第一項に規定する職務と併せて」を受ける部分が離れている。

 「その行うべき次条第一項に規定する職務と併せて」を受けるのは、「職務を行うこととすることができる。」ですが、離れているため読んでいるうちに忘れてしまいます。この部分は、元請負人の主任技術者が本来行うべき職務ですから、記述しなくてもよいのじゃないでしょうか。

 以上を踏まえて、次のように添削してみました。どうかな。
 

修正案

第二十六条の三  特定専門工事の元請負人及び下請負人(建設業者である下請負人に限る。以下この条において同じ。)の合意がある場合、当該下請負人がその下請負に係る特定専門建設工事につき置かなければならないこととされる主任技術者の行うべき職務を、当該元請負人が置かなければならない主任技術者が行うこととすることができる。この場合において、当該下請負人は、第二十六条第一項の規定にかかわらず、その下請負に係る建設工事につき主任技術者を置くことを要しない。
 なお、下請負人及び元請負人が置かなければならないこととされる主任技術者並びにその職務は、第二十六条第一項及び次条第一項の規定による。