信用創造の錯覚

 財政赤字についてあれこれにわか勉強していたら、銀行について素朴な誤解をしていることに気づかされました。

 「銀行は、家計や企業から預金を集め、集めた預金を家計や企業に貸し出す。」

 昔々、学校で習ったことですが、これまで疑うことなく過ごしてきました。実際の銀行はそんなことしていないと知ったのはついこの間の事です。そういわれてみてあらためて考えてみれば、この俗説は確かに奇妙です。

 私は、銀行が融資する時、その裏付けの現金を持っていると思っていました。裏付けの現金は家計や企業から集めたもので銀行の金庫に保管されていて、現金との引き換え証が預金通帳だと。融資する時に金庫の現金を手渡すのではなく、融資先の預金通帳に金額を書き込むだけだということは流石に知っていましたが、いつでも引き出される可能性があるので、その時に備えて金庫に預金相当の現金が必要と思っていたのでした。

 でも、引き出しに100%備えるのであれば、金庫の現金では全然足りませんね。引き出す可能性があるのは、融資先だけでなく、最初に預けた顧客も同じです。最初に100万円の預金が預けられていたとすると、融資後の預金は100万円ではなく200万円になります。これはいつでもひきだされる可能性がある債務です。取り付け騒ぎがあれば銀行は破たんしますが、それは、預金相当の現金を銀行は持っていないということを意味しています。

 そもそも、俗説でも取付騒ぎは起こらない前提です。預けられた現金はすぐには引き出されないからこそ、別の誰かに貸せると考えているわけですから。それでも、融資が現金で行われるなら俗説は間違いとは言えません。しかし、現実の融資は預金通帳に100万円と書き込めばよいだけで、預けられた現金がなくても可能です。その預金を融資先が決裁に使い、現金引き出されるまでに、返済されれば良いわけです。預金の裏付けは金庫の現金ではなく、返済が確実に行われるという見込みなのですね。

 とはいえ、時々は、預金から現金が引き出されることもあるので、ある程度の現金を持っておく必要も銀行にはあります。ただ、その額は、預金の1割程度でよいことが経験的に知られていたそうです。銀行の前身は、金細工師と言われる人々で、金を預かって保管料を取るという商売もしていたそうです。金を受け取った時に与り証を発行しますが、これが現在の預金通帳に相当します。預かり証は、保管料を払っていれば、金と交換できるので、通貨として流通するようになりました。そして、通貨として流通したまま、金に引き換えられないものがあることに金細工師は気づいたそうです。なんと引き換えに戻ってくるものは1割程度しかなかったということです。ならば、預かっている金の9倍までの預かり証を貨幣として発行しても大丈夫です。金細工師は金を預からずに金利を取って、預かり証を貨幣として貸し付けるといううまい商売をするようになったとのことです。(詐欺か、錬金術か。ただの紙切れが「1万円札」になる本当の理由=吉田繁治)

 

 金細工師がしたことは、預かった金を他の人に貸し付けたのではなく、なんの裏付けもない預かり証を貨幣として創造して貸し付けたわけです。現代の銀行の融資も基本的に同じことです。裏付けのない預かり証や預金を貨幣として信用させるので「信用創造」と言うのでしょうね。一見詐欺めいて見えますが、金細工師や銀行は野放図に貸し付けているのではなく、返済の見込みを見極めています。つまり、返済できるということは、事業に成功し、付加価値を生みださなければならないので、それを見極めるという重要な仕事をしていると言えます。

 ただ、預かり証が通貨として信用されたのは、金の裏付けがあるという錯覚でした。同様に、銀行預金の信用も誰かが預けた現金が存在しているからと私は錯覚していました。そして、どうも私に限らない様です。「信用創造」という概念の説明には、「又貸し説」という錯覚があるらしいのです。信用創造の又貸し説は、日本版Wikipediaで次のように説明されています。

預金準備率が10%の時、銀行が融資を行う過程で以下の通り信用創造が行われる。

 1.A銀行はW社から預金1,000円を預かる(そのうち900円を貸し出すことができる)。
 2.A銀行がX社に900円を貸出、X社が900円をB銀行に預金する(そのうち810円を貸し出すことができる)。
 3.B銀行がY社に810円を貸出、Y社が810円をC銀行に預金する(そのうち729円を貸し出すことができる)。
 4.C銀行は729円をZ社に貸し出す。

A銀行は1,000円の預金のうち、100円だけを準備として残り900円を貸し出す。A銀行が貸し出しを行うと貨幣供給量は900円増加する。貸出が実施される前は貨幣供給量はA銀行の預金総量1,000円のみであったが、貸出が実施された後の貨幣供給量はA銀行預金1,000円+B銀行預金900円=合計1,900円に増加している。このとき、W社は1,000円の預金を保有しており、借り入れたX社も900円の現金通貨を保有している。この信用創造はA銀行だけの話ではない。X社がB銀行に900円預金することで、B銀行が10%の90円の準備を保有し残りの810円をY社に貸し出す。さらに、Y社がC銀行に810円預金することで、C銀行が10%の81円の準備を保有し残りの729円をZ社に貸し出す。このように、預金と貸出が繰り返されることで、貨幣供給量が増加していく。

 

 ごちゃごちゃと書いてありますが、預けられた現金を銀行が貸し出して、借りた人が又銀行に預けると預金ができ、それを繰りかえせば預金は元の現金以上に増殖するということです。この説明では、現金で貸し出すという過程が前提です。なぜなら、A銀行のW社の預金から、B銀行のX社の預金に直接、振込むなら、預金の総額は変わらず、「創造」されないからです。一旦、現金で貸し出し、それを預金することで「創造」していると考えているわけですが、現実には現金の介在は殆どありません。このような現実と違う説明がされるのは、信用創造には裏付けの現金が必要という錯覚があるからではないでしょうか。

 実際には、今までの説明の通り、預金に現金の裏付けは不要で、信用から「創造」されます。又貸し説では、誰かが現金を銀行に預金した時に通貨が創造されることになりますが、返済の信用があれば預金通貨は創造されます。

 なお、日本版Wikipediaの説明の仮想例では「預金準備率が10%」とありますが、同じWikipedia準備預金制度の説明では0.05~1.3%とあり全然違います。実際の日銀の発表もその程度です。10%とは、前述のように預金のうち現金化される比率であり、通貨(現金通貨+預金通貨)に占める現金通貨の比率にほぼ相当します。これと預金準備率は桁違いですので、別物のような気がします。ところが、準備預金は、「金融機関が保有している顧客による預金引出しに備えるための支払準備金」と説明されています。これもまた間違いのような気がするのですが、どうなのでしょう。