あいまいな「及び」

 「及び」がいいのか「又は」がいいのか。文章の校正的なことをしをしていて、悩んだことがあります。「及び」と「又は」は全然意味が違うと言われそうですが、微妙なところがあります。私の結論を最初に述べると、「及び」はあいまいです。それに対して、「及び」と対になって説明される「又は」や「かつ」は比較的明確です。

 通常、「及び」は集合全体を指し、「又は」は、集合の要素の一つを指すであるとか、「及び」は併合、「又は」は選択などと説明されます。また、「かつ」は両方の条件を満たす必要が有る場合に用いると説明されます。一般的な説明はその通りなのですが、具体的な文章で、どちらが適切かを考え出すとよくわからなくなる場合があります。

 例えば、次のような例では悩みはありません。

a.申請には、戸籍抄本及び住民票が必要である。
b.申請には、運転免許証又は保険証が必要である。

a.は、戸籍抄本と住民票の両方が必要という意味で、b.は運転免許証か保険証のいずれか一つが必要という意味です。この場合は、「及び」と「又は」を入れ替えると意味が違ってきますので、どちらか一方しか使えません。ところが、次の例のようになってくると、悩ましくなります。

c.この章は、長尺金属板葺、折版葺、粘土瓦葺及びとい工事に適用する。
d.この章は、長尺金属板葺、折版葺、粘土瓦葺又はとい工事に適用する。

 c.d.、どちらでも差し支えないように思えますが、意味に違いはあるのでしょうか。実例はc.の「及び」ですが、同じ本に「この節は、石材を床又は階段に取り付ける工事に適用する。」という記述もあります。考えるヒントとして、「及び(又は)」を「かつ」に変えてみます。

e.この章は、長尺金属板葺、折版葺、粘土瓦葺かつとい工事に適用する。

 この文は、意味的に成立していません。折版葺であると同時に粘土瓦葺であるような屋根葺材料は存在しませんから。このことから、もう一度、c.を見てみると、「長尺金属板葺、折版葺、粘土瓦葺、とい工事」という集合に適用するという意味ではなく、集合の要素のいずれかに適用するという意味であることが分かります。つまり、「この章は、長尺金属板葺工事に適用する。」、「この章は、折版葺工事に適用する。」…という、文をまとめて表しています。この場合は、選択の意味の「又は」として使われているとみなした方がよさそうです。

 ところが、最初のa.を見てみると、戸籍抄本と住民票の書類のセット、つまり戸籍抄本と住民票という集合が必要という意味です。確かに、「申請には、戸籍抄本が必要(条件)である。」と「申請には、住民票が必要(条件)である。」という文をまとめて表しているとも言えます。しかし、「申請には、戸籍抄本があれば十分である。」とも「申請には、住民票があれば十分である。」という意味ではありません。文として厳密には明確ではありませんが、この種の文は、必要なものを総て列挙しないと役に立ちませんので、実際上は、「申請には、戸籍抄本と住民票の両方があれば十分である。」という意味で使われています。

 ということから、両方の条件を満たす必要があるという意味の「かつ」に近い感触があります。ただし、「戸籍抄本かつ住民票」という言い方は出来ません。これだと、1枚の書類が戸籍抄本と住民票の両方を兼ねているような意味になるからです。あえて「かつ」を使うのであれば、次のような言い方になります。

f.申請には、戸籍抄本の持参かつ住民票の持参が必要である。

 「及び」と「又は」の品詞は接続詞ですが、「かつ」は、接続詞の他に副詞でもあります。また、単なる列挙ではなく、使い方が限定されます。副詞の場合は、行動や状態を表す用言を修飾し(両方に「かつ」をつける用例もある。例:かつ歌い、かつ踊る)、接続詞の場合は、行動や状態を表す体言的表現を接続します。どちらも、同時に両方の行為や状態があることを意味します。書類が「戸籍抄本かつ住民票」という両方の状態であることは不可能ですが、申請人が「戸籍抄本の持参かつ住民票の持参」の両方の状態であることは可能です。結局、a.の場合の「及び」は、同時に両方の状態を表していると考えられます。

 以上の事から、「及び」は、「又は」に近い意味で用いられる場合と、「かつ」に近い意味で用いられる場合があると言えそうです。どちらの意味であるかは文脈から解釈することになり、その点があいまいなのです。

 整理すると、

「又は」:列挙した事項(体言)のいずれかを示すときに用いる。
「かつ」:列挙した行為、状態(用言、体言)が同時であることを表すときに用いる。
「及び」:事項(体言)を列挙するのみで、意味は様々。

 ちなみに、あいまいさを嫌う形式論理学の「and」は「かつ」と訳し、「及び」とは訳しません。