法令に細かく書きすぎると,被害がなくてもクレームがくる

 前前記事で「法令にも不備がある」と当たり前のことを書きました。そのことに関してもう一つ気づいたことがあります。

 令88条の地下部分の震度の規定で,Hは「建築物の地下部分の各部分の地盤面からの深さ」となっています。

k≧0.1(1−H÷40)×Z

 大抵の建物の1階床は地盤面より高いです。なのでこの式は適用できないことになってしまいます。一つのやり方として,Hをマイナスの値にする方法がありますが,そうすると,0.1より大きくなります。しかし,現実にはそんなことをしてはいないと思いますし,0.1に文句をつける建築主事もそれほどいないと思います。1階床下からの地中梁と基礎を1層にモデル化し,振動性状を考慮して精算を行えば地盤の加速度と同じ,震度でいえば0.1以下になるでしょう。何しろモデル化したその層の階高は非常に低く,しかも地中梁でほとんど占められていますからね。

 杓子定規に言えば,振動性状を考慮して0.1とすれば何も問題ありませんが,例88条の式をそのまま適用するのは,まかりならんということになります。そんな石頭の建築主事は稀だと思いますが,私の経験では皆無とは言えません。法令改正のパブコメを見ていると,この種の重箱の隅をつつくような質問が続々出てきますからね。

 所管課の建築指導課の対応はすげないもので,これらの質問は軽くいなされます。現実に支障がないのであれば,いちいちそんな疑問に付き合っていられないのだと思います。でも,法令がそれでいいのかと言い出す人もいます。確かに法令がそんなことじゃいかんのです。ではどうすればよいかというと,そんな技術的な細部は法令に書かずに,基本的な要求事項を抽象的に規定すればよいのですけどね。やり方は学会ででも決めてくれればよく,その方が機動的です。

 「でも,民間基準で責任をもってくれるのか。法令に,具体的にどうすべきか書いてくれないと困る」という建築技術者の要望に応えた結果が現状の建築基準法体系ではないかと思います。建築技術者は法令が求める要求性能を達成するための具体的方法を自分の頭で考えることが出来ず,民間基準が正しいか確信がもてないので,法令にやり方まで書いてもらう必要があるわけです。それも出来るだけ簡単にできる実用的な略算が求められます。

 略算は限られた場合しか使えないので,一つ決めても,他の場合のやり方も決めてくれという要望が殺到し,きりがありません。建築指導課は質問にはすげない対応をすると書きましたが,実害が生じて社会的問題化していれば対応してくれます。対応しないと自分の存在意義が問われますからね。例えば,特定天井については,かなり細かい規定が定められました。しかし,従来から建築基準法施行令39条には「・・・内装材・・・は風圧並びに地震その他の震動及び衝撃によって脱落しないようにしなければならない」という規定がありました。残念ながら,建築技術者はこの規定を満足させる方法が分からなかったので,お役所にやり方を教えてくれと泣きついたのです。なんだか情けないですがこれが現実です。

 一方で,法令に細かいことを書きすぎるのはいかがなものか,という意見もあり,少し以前に地方自治との関係で,従来の「通達」が「技術的助言」に変わりました。法ー施行令ー告示までは従わなければなりませんが,所管省庁の見解に過ぎないのに「通達」というのはいかにも上意下達的というか中央集権的だというわけです。そのため単なる「助言」になり,別の自治体の建築主事はそれに従わなくてもよいことが明確になりました。

 でも呼び方は変わっても,実態は変わりません。建築技術者も建築主事も自分の頭で考えられないので「通達」が必要だったのですから,「助言」に名称が変わったからといって,急に独自の方法が思いつくはずもありません。

 そして,「技術的助言」を含めたこれらの規定は,実用性を旨としていますので,建築の専門家以外の方が見ても表面的には理解可能です。そのため,専門家の行った設計に対しても,法令を満足していないと不遜にも指摘できます。でも,法令に細かく書いてなければ,多分無理でしょう。医者の治療について,疑問を呈する医療訴訟は頻繁にありますが,被害という結果が生じているからです。まだ,被害も生じていないのに,医師の治療に疑問を呈するのは,医療の専門家以外では難しいでしょう。

 建築の場合はマニュアル可した法令のおかげで,それが可能なんですね。もっとも,全く被害もない状態で問題意識を持つのは難しく,専門家が火をつける必要はあるようです。火をつけられた素人は,法令を見て「確かにその通りだ」と心配になって糾弾行動を起こします。例えば,冒頭に述べた,「地上の1階床に地下部分の震度0.1の適用は違法だ」と言われれば,法令集で簡単に確認できて,「その通り,問題がある」と思ってしまいかねません。確かに,杓子定規に言えば違法ですが,技術的には全然問題ありません。法の規定はそんなくだらないクレームを想定していなかっただけのことでしょう。