環境対策にお金をかけすぎると環境に悪い

豊洲への早期移転が望ましい理由  中西 準子 産業技術総合研究所名誉フェロー
http://www.gepr.org/ja/contents/20170308-01/

 豊洲市場の汚染対策に、これまで数千億の資金が投じられていると聞く。膨大な費用がかかることは、環境破壊をしていることになることを是非認識してほしい。これまでの環境対策にはこの視点がかけていた。

安全の対策にお金がかかることを問題視すると、お金より命が大事でしょという人も多い。よく社会を見て欲しい、お金がないために命を縮めている人がどれだけ多いかを。また、お金がかかる、時間がかかるは、エネルギーを使っていることでもある。エネルギーを得るために、私たちはどのくらい環境破壊をしているか。エネルギーを節約すれば、それだけ環境負荷を減らすことができる。だから、効率良く安全対策や環境対策をしなければならない。そのためには、リスクと言う概念がとても重要だ。

ある、政策を施した時に、ある資金を投入した時に、どのくらいリスクを減らすことができたかを考えれば、効率的な環境対策になる。日本の土対法の精神は、この考えでできている。水質汚濁防止法大気汚染防止法には、この考えがない。水をきれいにする、食物を安全にするなどと違って、土をきれいにするという目標をもった時には、より頭脳が必要である。効果が間接的なので、お金をかければきりがないからである。土対法の精神は優れているのに、土壌の環境基準の決め方が余りにも厳しかったために、その良い所が生かされていない点が残念だ。

 豊洲移転騒動では,地下水の環境基準が水道水の基準と同じであることが話題になりました。同じであるため,マグロの刺身を地下水で洗うなどという誤解が広まったのだと思います。地下水を飲めるようにするのはやり過ぎにも思えますが,中西準子さんは将来目標という点からは納得できると仰います。確かに,井戸水を飲料水に使う場合も考えればそうとも言えます。

 しかし,環境基準の告示を読むと,地下水だけでなく河川,湖沼,海域という全公共用水域も同様の環境基準になっています。河川水や海水を飲めるようにするのを目標にしているように,私には読めるのですが誤読でしょうか。さらに,土壌の環境基準も水道水水質基準と同じであって,中西準子さんもさすがにこれはおかしいと仰っています。(図の別表1が共通)

環境省は、1Lの水に100gの土を入れて、6時間振とうし、その上澄みをとって、お茶を飲み、味噌汁を作り、ご飯を炊くことを、3食70年続けても安全というレベルにまで、日本中の土をピカピカにしたいらしい」


 このような過剰な基準になっているのは,用途や目的に応じて基準を定めるのが難しいためのようです。一番厳しい水道水基準に合わせていけばとりあえず安全とはいえます。しかし,局所的な安全に過剰に資金を投入すれば,総合的には危険になるというのが中西準子さんの指摘です。そうはいっても総合的に評価するのはさらに難しかったりします。そういう場合に有効なのは,需要と供給の関係で価格が決まる様に,様々な関係者間の調整で自然に落ち着くまで試行錯誤することではないかと思います。

 ただ,公共が主体だとこの調整作用が働きにくく,特に環境省はしがらみのある産業界が少ないので,過剰な規制になりやすいのではないでしょうか。例えば,国交省は建設業を潰してしまったり,建設費を高騰させるような規制はなかなかできません。そのため,業界との癒着などど言われて,評判が悪かったりしますが,その批判も無視できないので,現実的で均衡のとれた規制に向かって修正は行われます。