長谷川豊氏の主張は保険制度の否定に向かう

「自業自得」の透析患者。どうやって線引きをするつもり?
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/
【WAATさんのコメント】
長谷川氏が最も言いたかったことは、現在の日本財政を考慮すると、医療保険制度はこの先遠からず維持できなくなる、だから危機感を持ってなんらかの対策をしないといけない、ということです。このままでは、誰かが今より多くの負担を強いられる、または今より低いレベルの医療を受けざるを得なくなる未来が必ず来る。だから、長谷川氏はあのような過激な主張をしたのだと私は解釈しています。そういう危機意識に関しては、長谷川氏の主張にも一理あるのではないかと考えます。政治的には、そういう危機意識に賛同する人が長谷川氏を擁立するのではないでしょうか。

 長谷川豊氏は「殺せ」発言は撤回謝罪しましたが,医療保険制度の財政危機を改善したいという動機は正しいと主張しています。そのためには「自業自得」の線引きが必要だという見解は変えていません。引用のコメントのように,この主張に賛同する方もいますので一笑に付すことは出来ないように思います。

 日本維新の会が長谷川豊氏を擁立したのも,有権者に賛同層がそれなりにあるという判断があるからじゃないかと思います。実際のところ,有権者への訴求という点で侮れないところがあります。人工透析の費用についての解説を読むと,次のような説明が多いです。

 国内の透析患者は32万人,透析の費用は月40万円,年間500万円なので,年間1兆6千億円という莫大な費用が掛かっている。

 日本人の平均年収を上回る額というのは,実に優遇されているような印象を与えます。極めて不平等な状況だと感じる人もいると思います。総額1兆6千億円という数字は感覚的に理解することが難しいのですが,一人当たり500万円という数字は結構,心情に訴えます。

 1兆6千億円という金額は確かに大きいのですが,他の医療費と比べてとびぬけているわけではありません。平成26年度の医療費統計の「第6表 性、傷病分類、入院−入院外別にみた医科診療医療費」を眺めてみると,総額は29兆2506億円です。そのうち,人工透析が含まれると思われる「糸球体疾患,腎尿細管間質性疾患及び腎不全」は,1兆5千億円となっていて,5%程度です。

平成26年度 国民医療費の概況
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/14/index.html

 新生物(がん)の4兆円弱(12%)の半分以下ですし,骨折の1兆2千億円は腎不全類に匹敵します。がんは「自業自得」ではないかもしれませんが,「骨折」はかなり「自業自得」もありそうです。長谷川豊氏によると人工透析も「自業自得」は1,2割だそうです。

 以上のことから,医療費削減を考えるなら,人口透析だけ自己負担にする根拠はありません。自業自得の骨折も自己負担にしなければ首尾一貫しません。しかし,長谷川氏の主張はあまり影響を受けないと思います。なぜなら,人間の感情に訴えるのは,医療費の総額ではなくて,一人当たりの額だと思うからです。つまり,一部の人間だけが異常に優遇されているというひがみ根性に響くわけです。

 実際の医療保険財政を逼迫させているのは,人工透析よりも,自宅療養していれば治る風邪でも,気軽に診察を受け薬を処方してもらう患者かもしれません。何しろ,その人数は莫大です。しかし,風邪は誰でもなりますから,風邪自己負担という公約では選挙を戦えません。それに対して人工透析患者はマイノリティですから,そういう人の利益はあっさり無視され,むしろ平等な政策と受け取る可能性があります。

 そして,平等というのは間違いではありません。しかし,そもそも保険は平等の対極の考え方です。多数がお金を出し合い,高額の出費が必要な人が使います。この制度が成り立つのは,高額出費の可能性は少なく,小数に限られるからです。稀な不運に見舞われた一部の人を大勢の人が助ける制度です。大多数が薄く費用を負担し,ごく少数が大きな利益を受けるきわめて不平等な制度です。大きな利益を受けると強調すれば不平等な制度にという印象になりますが,その前提に大きな不利益・不運を蒙っているわけで,それを少しでも埋め合わせるだけで,決して差し引きで得をするのではないのですが。

 従って,保険制度を選挙の争点にするのは,自分も不運な一部の人間になると自覚させられる場合を除き得策ではないようです。オバマケアがそれほど支持されないのもそういう理由のような気がします。

 保険制度が助け合いという本質は意外に理解されていないのかもしれません。平等な負担を突き詰めれば,すべて自己負担にして保険廃止になります。米国はそれに近いといえます。長谷川豊氏は保険財政の改善と言っていますが,保険制度を理解していないように感じます。自分らには無関係な,一部のマイノリティだけが恩恵を受けるような不平等な制度は不要だと言っているだけじゃないかと思います。そして,それが案外,有権者に支持される恐れは,残念ながら十分あるんじゃないでしょうか。