市場問題PTの所掌事務

 建築設計へのクレームには,いろいろあります。分かりやすいのは個人住宅の施主からのクレームです。例えば,空調の効きが悪いとか,雨漏りがするというのはよくあるクレームで一概に言えませんが,設計の問題であることが多いです。耐震性がないなども同様で,これらは専門的知識が必要ですので,専門家の設計者あるいは施工者の責任であるといえます。

 それに対して「間取りが悪い」はどうでしょうか。建売なら間取りを確認して購入したでしょうし,注文住宅なら,設計者と打ち合わせて間取りを決めたはずです。完成してから間取りが悪いなどいうクレームは理不尽だと考える人も多いです。しかし,住んでみて初めて分かるということもあります。図面ではよいと思えたけれども,実際に出来上がった建物に住んでみるといろいろと不満が出てくるものです。このような場合,素人の施主が図面を読み取るのは難しいので,専門家の設計者が説明を十分行い,施主の思い違いを正してあげるべきだから,設計者の責任だといえるでしょうか。

 個人住宅の場合,そこまで設計者に求めるのは厳しいという人が多いかもしれませんが,事務所建築などでは,よくあることです。従業員の多い会社の事務所の設計では,社員全員が設計の打ち合わせに参加できないため,施主側の意見がすべて反映されないからです。これは,施主側の問題ですが,現実は簡単に割り切れないことが多いです。通常,施主側は,各部署で社員の要望を取りまとめ,さらに各部署の要望を総務部のようなところが社の要望として取りまとめ,設計事務所と打ち合わせします。このような間接民主制のため,完成後に社員のクレームは結構出てきます。これらクレームのすべてが設計者の落ち度や責任とは限らないのは言うまでもありません。とりまとめ役の責任もあれば,社員のクレームがあまりに個人的で法外ということもあり得ます。そのような法外な要求は社内のとりまとめの段階で篩落とされますが,当の社員には不満が残っていて,完成後にクレームになるのです。

 一つの会社の建物ではなく,多数,多様な会社が入居する複雑な建物ではさらに厄介です。入居者の意見を取りまとめるのが難しくなるからです。官庁関係では,合同庁舎や総合庁舎という建物があります。複数の官署が入居するので,管理担当の官署が意見とりまとめを担当します。この場合,財務部局が担当することが多いのは,予算を握っているからです。官署の利害の対立はあっても国や地方自治体という意味では同じ組織ですので,お金の力で統制は効きます。

 これが,官民合同になると統制が格段に難しくなります。卸売り市場はその代表ではないでしょうか。私は市場の仕組みは良く知りませんが,東京都卸売り市場のHPを見ると関係者の数も種類も多様です。市場自体は東京都の組織で,施設は都の所有です。その施設に入居したり,利用するのが,卸売り業者,仲卸業者,売買参加者,買い出し人,関連事業者です。

 市場建物の設計にあたっては,これら関係者の意見を取りまとめるわけですから大変です。各業者には組合があって意見を取りまとめると思いますが,会社の総部のような権限はないので難航しそうです。最終的に東京都が統括しなければなりませんが,その苦労は私には想像すらできません。

 ここに,市場問題PTなるものが参戦してきました。奇妙なのは,このPTの所掌事務です。

(1)豊洲市場の土壌汚染、施設及び事業に関する事項
(2)市場の在り方に関する事項
(3)その他関連する事項

 (1)は,専門性の高い内容ですので,ほぼ設計者の責任と言えます。これらに対する疑念の発端も一応専門家です。市場問題PTなどの場で専門家によって決着させて,市場利用者が安心できるように説明するという小池知事の意図は理解できます。

 これに対して(2)は不可解です。これは,売り場面積,交通動線などの妥当性のような内容で,個人住宅の間取りに相当します。これらは,設計者と施設利用関係者が話し合って決めるしかないことで,耐震性のように法的な正解があるものではありません。建物が完成したこの時期になって話し合いが不十分だったと言っているようなもので,異常です。

 これらに不備があるとするならば,設計者だけの責任でもなく,東京都だけの責任でもありません。関係者全員の責任としかいえません。そもそも,関係者の協議が整わずに設計が進められたというのなら,もっと以前から,問題になっていなければなりません。ところが,問題になったのは,(1)の盛土問題という専門的な疑義が出てきてから後です。便乗的に指摘されているという印象です。

 協議が整っていなかったのは建築設計以前の移転そのものではないでしょうか。個人住宅でいうならば,奥さんが建設にそもそも反対で,条件付きでしぶしぶ旦那さんに同意していたという状況です。ところが,家が完成して引っ越ししようとしたら,その条件を満たしていないと誰かが言い出したんです。確かにそうであれば問題なので,きちんと確認しなければなりません。それだけならいいのですが,その条件以外にも打ち合わせて決めたはずの設計が悪いと,旦那から設計者へ不満が飛び火したという状況です。

 豊洲市場の場合も,盛土問題に便乗して移転問題を蒸し返すために,建築設計が巻き込まれたように私には見えます。(2)の建築設計の内容に関する問題を市場問題PTが扱えるはずがありません。これは,設計者と関係者が長い時間をかけて協議して決めたことです。PTの弁護士の先生のような専門家がいえることは,設計協議の課程に手続き的な不備があり,合意が無効であるので,やり直せという位じゃないかと思います。でも,設計協議の手続きに決まりはないのです。

【関連記
市場問題PTヒヤリングを見て,八ッ場ダムの右往左往を思い出した
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20161130/1480494799