引力は脳で感じる

高層ビルから落とした硬貨が人に当たったら? 誤解されがちな物理現象
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遊園地によくある、床が落ちて回転する乗り物に乗っている時や、車で急カーブをした時など、壁に押し付けられているように感じたことがありますよね?
ほとんどの人がこれを、遠心力と呼びます。しかし、実際は外に押し出すような力は遠心力にはありません。

 遠心力があるか,ないかは基準座標の取り方次第ですが,大昔に習った「ダランベールの定理」を思い出しました。教えてくれた先生が「つまらない定理だから覚える必要はない」といっていことが印象に残っています。覚える必要はないと言われると記憶に残りますね。

 ダランベールの定理というのは,加速度運動もすべて静的な力のつり合いで考えることができるという一見,便利な定理です。F=Mαというニュートンの第二法則は,力が働けば加速度運動するということを表しています。ただし,加速度運動しているかどうかは座標系次第ですね。

 もし,加速度運動している物体と同じ運動をしているものが観測すれば,加速度運動も静止してみえます。ところが,作用している力が釣り合っていない場合があります。そこで,作用している力と逆向きで同じ大きさの力を仮想的に考えれば,釣り合ってゼロになります。これが慣性力と言われる仮想の力で遠心力もその一種です。他の例では,地上に置いてある物体も静止して見えますが,計器などで観測できる力は地面から物体に作用している力だけです。そこで,引力という仮想の力を考えるわけです。

 慣性力や引力を仮想の力というのは言い過ぎですが,引力は直接測ることはなかなか難しいです。自由落下している物体にも引力は作用していますが,計測できません。地上に秤を置いてその上に物体を載せれば,観測できそうですが,秤で観測しているのは,物体が秤を押す力であって,物体に体積力として作用している引力を直接測っているのではありません。自由落下している物体は加速度運動の観測とニュートンの法則から引力が働いていると考えるわけですし,地上の物体も静止していることと,力のつり合いから引力が働いていると考えるという間接的な推測です。

 遊園地の回転遊具の場合も,感じられるのは遊具の壁からの力(向心力)であって,遠心力を直接感じてはいません。宇宙ステーションの宇宙飛行士は円運動をしていますが,遠心力も向心力(地球の引力)も感じません。しかし,地上から観測すれば,宇宙飛行士は円運動していますので,つじつまを合わせるためには,引力が作用していると考えるわけです。

 多分,人間は引力を直接感じることは出来ません。しかし,人間が天体ほどの大きさなら潮汐力を感じることができるかもしれません。明らかに体に変形を起こし,神経で感じることもできるし,視覚的に変形を見ることもできます。ですので,引力が仮想の力と言ったのは物理的には間違いです。確かに引力は存在します。

 ただ,人間が潮汐力を感じるには体が小さすぎます。感じているように思うのは,知識によって脳が推測しているだけじゃないでしょうか。人間の知覚としては仮想の力なのです。視覚の立体視も同様です。人間の視覚は立体感を感じることができますが,明らかに網膜は平面で立体感を直接検知するとは不可能です。しかし,両眼の視差から脳が計算し,立体だと推測しているわけです。ですから,立体写真やランダムドットステレオグラムを見ると,平面を立体だと錯覚してしまいます。脳が計算間違いしているんですね。

 引力や遠心力という慣性力も錯覚を引き起こします。人間が直接感じることができるのは,人体の神経が感じることができる程の変形をもたらす大きさの力だけです。直接感知できる力と,物理の知識によって引力を感じていると錯覚しているのでしょう。