貯氷量 − 設計者だけでは設計できない

また致命的欠陥 豊洲新市場は圧倒的「氷」不足で魚が腐る
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185413/1?pc=true
東京・築地市場の移転先、豊洲新市場が開場するのは11月7日。ついにオープンまで4カ月を切ったが、またもや“致命的な欠陥”が見つかった。魚市場に必須の「氷」が圧倒的に不足するというのだ。

 当たり前だけど、水槽の大きさにしても貯氷量にしても、設計与条件です。設計与条件は施設使用者が示すもので、設計者が勝手に決めることはできません。したがって、日刊ゲンダイのような第三者が設計与条件が不足しているというのは、施設利用者を批判していることになります。今の場合、市場関係者になります。つまり、市場関係者が必要な貯氷量より圧倒的に少ない要望を設計者に出して、使えない施設が出来てしまったじゃないか、何やってんだ市場関係者よ、と日刊ゲンダイは批判していることになります。

 でも、そんな要望するなんて考えにくいです。そこで、もう少し現実的ないきさつを推測してみます。あくまで推測ですが。

 まず、関係者を整理します。大雑把に、市場に入居するテナント、東京都卸売市場、設計者、施工者がいます。テナントには移転容認派と移転反対派が存在するところがややこしい点です。

 次に、設計の手順です。設計を発注するのは、東京都卸売市場ですが、実際に施設を利用するのはテナントです。したがって、東京都卸売市場は、テナントの要望を聞き取り、調整し、とりまとめて、設計者に設計与条件として伝え、打ち合わせを行います。場合によってはテナントが直接打ち合わせに参加することもあるかもしれません。多分、築地市場の現地調査も行いますので、そこでテナントに聞き取りなども行ったということも考えられます。

 要望がそのまま設計与条件になるのではなく、設計者からの提案で修正されることもあります。いずれにせよ合意のもとに設計与条件が固まり、設計が始まります。設計途中でも、施設使用者への確認や了解が必要な事項は打ち合わせを行い、合意を得て設計を進めます。設計が完了すれば、東京都卸売市場に納品し検査を受けます。合格と認めれば、設計内容に合意したことになります。

 東京都卸売市場は設計図書に基づいて工事を施工者に発注し、設計図書どおり施工されているか、監督(設計者が一部を受託して実施する場合が多い)を行い、
完成すれば検査します。検査合格は設計図書通りできていると認めたことを意味します。

 以上のプロセスの要所でテナントへの説明や現地確認が行われる場合もあります。豊洲市場程度の規模ならば行われたのではないでしょうか。

 さて、日刊ゲンダイの記事に出てくる市場関係者とはテナントのことだと思いますが、テナントが必要とする貯氷量が完成した施設で確保されていないという事態はどのようにして生じるでしょうか。一番目にテナントが要望を間違えたということですが、前述の通りその可能性はないでしょう。二番目に東京都卸売市場、設計者、施工者が合意された設計与条件や設計図書を無視して設計や施工を行ったということが考えられます。日刊ゲンダイの記事はそれを示唆しています。しかし、もしそういうことがあったのなら、上述のプロセスのどこかで気づかないというのは変です。少なくとも、要望を出したり、打ち合わせに参加しているのであればもっと早い段階で気づくはずです。

 もう一つの可能性に、テナントが一切要望など出さずとも、まともな設計が出来る筈と、設計事務所と東京都卸売市場にお任せにしてしまったとも考えられます。これは全くありえないことではなく、結果にだけクレームをつける施主はいます。ただし、そのようなお客に対して設計事務所がなんら働きかけないということはなく、設計事務所から貯氷量はこれだけでよいかと問い合わせします。その時点で何らかのひと悶着があるはずで、完成後の今頃になって、貯氷量が足りないというのは、のんびりしすぎです。

 そこで、豊洲市場の特殊性を加味した最後の可能性として次のような経緯が考えられます。

 設計は移転容認派テナントの要望に沿って進められたのではないでしょうか。貯氷量についても、当初は築地の現状並みが要望されたかもしれませんが、打ち合わせの過程で、半屋外の築地と設備も整った豊洲では、必要な貯氷量も違うというようなことが検討され、変更決定したのかもしれません。一方、移転反対派テナントは、移転阻止で忙しいし、入居する気がない新施設の設計には関心もなく、貯氷量決定の経緯も知らなかったと考えられます。しかし、移転阻止が出来ずに、施設が完成してしまった時点で、最後の移転阻止手段として施設の不備を探し始めたのか、あるいは、阻止をあきらめ、入居せざるを得ないとなったら、施設のことが気になり、貯氷量が現状より少ないことに気づいたというような経緯です。

 あくまで、想像の経緯ですので間違っている可能性が大きいですが、いいたい事は建築は設計者だけでは設計できないということです。耐震性能の類は100%設計者の責任で設計するように思われるかもしれませんが、どのレベルの耐震性能にするかは利用者の意向によります。利用者が主役で設計者がサポートして設計するぐらいに考えた方がいいと思います。自分が使う気もなく、設計にもかかわっていない施設に満足できるはずがありません。設計に関わり、自分で要望したことですら、完成してみると想像と違って不満に感じることもあります。これからも「致命的欠陥」は幾らでも見つかるんじゃないでしょうか。