競争性

豊洲問題、ゼネコンの受注にも"疑義"がある
小池都知事に突き付けられるもう1つの難題
http://toyokeizai.net/articles/-/139227

一般競争入札で行われた、豊洲市場の主要3棟の工事。2014年2月の再入札で受注したのは、大手ゼネコンを代表とする三つの共同企業体(JV)だった。2013年11月の第1回入札が不調だったのを受け、再入札で参加したのは3JVのみだったのである。

しかも再入札の予定価格(落札の上限価格)は、第1回より約400億円も増えている。結果的に落札率(予定価格に対する落札価格)は、約99%と極めて高い水準。施工業者を決める重要なプロセスで、入札過程における不自然な点が明らかになったのだ。

 2014年に話題になった古い話題が,今頃再登場するのは盛土問題のせいだろう。2年前にも赤旗は談合疑惑を報道したが,別に公取が摘発することなく終わっている。赤旗や真城記者は不自然さを感じているが,表面的に不自然さは特にない。裏の裏は知らないが,いずれにせよそんなことは証拠がない限り分からない。
 
 1回目の入札は応札者辞退のため不調に終わっている。当時はオリンピック施設や震災関連発注が相次ぎ,全国の大型工事で不調があいついだ時期である。ゼネコンは忙しく,建設資材や労務費は高騰していたからである。東京都は予定価格を入札前公表しているので,その価格では赤字になると判断したため辞退しただけだろう。

 慌てた東京都は,ゼネコンにヒヤリング,その意向を反映,予定価格を大幅に増額して再入札したわけだ。そして,二度目も予定価格は公表されている。ならば,応札額が予定価格に張り付くのは当たり前である。もし,ゼネコンの間に競争が存在していれば,予定価格が分かっていても,張り付くことはない。他者より高い応札額では落札できない。しかし,当時のゼネコンは忙しくて,安い価格で競争してまでやりたい状況ではなかった。つまりゼネコン間の競争は存在していなかったのである。

 また,応札が3工区とも1社しかなかったというのは,既に,盛土工事が各工区ごとに行われていて,ツバが付いていた状態であることと,7社JVであれば当然各社のすみ分けが行われるとリンク先の記事に書いてある通りだ。競争を行うべきときに,ツバが付いている工事を遠慮するというのは消極的談合である。しかし,前述のとおり競争状態ではないのである。

 それよりも,気になるのは予定価格の事前公表という発注側の行為である。応札者間に競争が存在しなくても,発注者と応札者の間には駆け引きがあるのだから,公表して手の内を明かすのは愚策である。値引き交渉で買い手が予算を明かないのは常識である。逆に,売り手は予算を探ろうと聞いてくる。常識のない相手もいないことはないから一応は尋ねる。その常識が自治体の工事発注にはなぜかないのである。もし,予定価格が応札者に分からなかったならば,1社だけの応札でも予定価格の99%などという偶然は,入札を小刻みに繰り返さない限りありえない。東京都は常識のない馬鹿なのであろうか。話はそれほど単純ではない。

 国の工事では会計法の関係で予定価格の事前公表は出来ない。自治体も以前は公表していなかった。それが,ある時期から事前公表されるようになった。その理由が実に興味深いというか馬鹿げている。本来,予定価格は漏らしてはいけないものであった。しかし,応札者はそれを探ろうと役人に接触して漏えい事件が時々発生し,元々信用のない役人はその都度叩かれた。これを防ぐコロンブスの卵の発想による秘策が事前公表である。つまり,漏えいを合法化したのである。これは,役人による個人情報漏えい事件を防ぐために,個人情報を公表するようなものだ。個人情報公表などありえないが,なぜか予定価格は事前公表されるようになった。

 役人の収賄という不正に対しては世間の目は非常に厳しい。たとえ数十万円のわいろでもだ。それを防ぐためには,落札価格が1千万円高くなることも厭わないのであろう。いや,落札価格が高くなったとは,適正な落札価格が分からない限り言えないが,わいろは非常に分かりやすいためだろう。役人が馬鹿なのか,役人を疑う世間(報道)が馬鹿なのか微妙な問題ではあるが,自治体の予定価格事前公表は続いている。漏えい事件がなくなった(当たり前だ)以外のどんな効果があるのか私は知らない。知っている人がいたら教えてほしい。

 前述のように,予定価格が漏えいしても,応札者間に競争があれば落札額は高止まりしない。競争性が重視される所以だ。しかし,建設ラッシュで仕事を選ばなければならない状況で競争性を求めてもないものねだりである。このような状況では,競争は売り手の応札者ではなく,買い手の発注者側にあるからだ。つまり,多くの発注者が仕事を引き受けてくれる受注者を求めて競争している売り手市場ということだ。

 民間工事では,売り手市場でも買い手市場でも対応できる交渉が行われる。入札は官公庁やお役所体質の企業ぐらいしか行わない特殊な方法である。しかし,会計法では適切な調達方法として原則になっている。交渉などという判断や裁量が介入する方法は,信用できない役人にはさせられないからだろう。役人は判断などせずに,規定通りに動くお役所仕事を求められるのだ。それでも最近は官公庁工事でもネゴシエーション方式という調達方法が導入されはじめている。豊洲市場の入札不調後のゼネコンヒヤリングもその不完全な例と言えなくもない。応札者間の競争がない状態では他によい方法がないからだ。

 しかし,会計法も新聞記者も,応札者間に競争がある状態しか想定していない。想像力が不足しているのであろう。想像しているのは,適正な予定価格を発注者が決めることができ,それ以下で応札者が競争しているという状況である。残念ながら,現実の官公庁の発注ではこの状況は不景気時の定型的工事でしか実現していない。民間工事が盛んな時期には建設費が高騰するが,1年以上前の調査単価による役所の予定価格には反映できない。その結果,入札不調や不落札が相次ぐ。この時期に競争しなければならないのは発注者なのに,その自覚も対策もなく,発注者は困った困ったと嘆いている。一方,民間工事が停滞している時期には官公庁工事をめぐって激しい競争が繰り広げられる。この繰り返しである。

 大昔は,役所に建設工事のノウハウがあり,適正な工事価格も役所が決められた。建設市場も役所がコントロールしていた。特に土木工事は殆どが官公庁工事なのでそうである。これに対して建築工事は民間工事がはるかに多く,役所はその工事費をコントロールすることも,適正な工事費を算出することもできない。だから,東京都もゼネコンにヒヤリングしたのである。このことは,他の産業,例えば自動車を考えれば普通のことである。役所が公用車を購入するときの予定価格は,販売店からの見積もりによるもので,役所が積算して適正価格を決めたりしない。これを言い値と批判する人はいない。競争性が存在すれば,特に支障はないのである。ただ,自動車でも競争がない場合がある。極めて先進的な技術の自動車,燃料電池車をパイロット的に購入するような場合である。この種のものは高くつく。燃料電池車はまだ数社が開発しているが,1社にしかノウハウがないような場合は競争は存在しない。そういう場合は,そもそも入札は出来ず,価格交渉するしかないのは言うまでもないだろう。興味深いのは指名競争入札と違って,一般競争入札では,1社の応札でも成立するのである。競争が存在しないのに競争が存在したように装えるのである。豊洲の場合がまさにそうだ。1社も応募がなければ,ネゴシエーションするしかないが,報道はゼネコンの言い値と批判するわけである。

 建設工事,特に大規模で特殊な工事は,燃料電池車の購入に近いところがある。特定の1社の保有する特許工法を使うしかないという場合もある。通常の競争入札が有効なのは,中小規模の定型的な工事の場合である。この場合は,実施可能な応札者は多数存在して競争が行われ,役所も常識的な予定価格を算出できるからである。

 ゼネコンにヒヤリングしたことを問題視する報道があるが,自動車の見積もりを取っているのと本質的に変わらない行為と私は思う。そうしないと予定価格も決められないのだから仕方ない。これに問題があるというのなら,どのようにすれば良いか提案すべきだ。談合疑惑だの不正だのを疑う前に,入札制度が建設工事の実態に対応しているかを疑うべきと私は考える。そして実態に合った方法を提案してほしい。