貧困

 NHK貧困JK特集が話題になっています。発端は部屋の中に高級品の画材があったとか、1000円以上のランチを頻繁に食べているという指摘でした。世間一般の貧困イメージと異なるので、ヤラセではないかと疑われたようです。私は、NHKの放送も見て居ないので、真実はわかりません。それはともかく、持ち物や食事で貧困がどうか判断できるのでしょうか。現実には、貧乏人も贅沢しますし、そんな貧乏人の方がステレオタイプの貧乏人より多いかもしれません。周囲を見回しても、安月給で昼飯代も節約していながら、趣味の自転車には数十万円をつぎ込んでいるなんて人がいます。大抵の人の金の使い方は他人から見れば、かなりアンバランスなのではないでしょうか。その実例として、私自身の子供時代の親の生活の一端を述べて見ます。

 まず、親はかなり収入が不安定な自営業者でした。そして、母親の方は、引揚者で戦時中は大陸で祖父母とともに、裕福な暮らしをしていたようです。そのせいか、金があるときは結構散財していましたが、金回りが悪くなると守銭奴みたいになりました。水商売もしていましたので、売り上げを上げるために決して好きではないのに、店で酒を暴飲していました。たぶんそのせいで、肝臓や胃をはじめとして内蔵を悪くして、がんで早死にしました。現代の感覚からすれば、金のために体を壊すなんてのは、貧困の極みですが、実態は少し違います。使用人ではなくて、一応、経営者でしたからね。また、商売が絡まない食生活はかなり質素でした。私の親は金持ちとは言えませんでしたが、粗食の金持ちもいるようですから、食生活だけから、貧困か裕福を判断するのは、難しいと思います。

 貧困を連想させるエピソードはいくつもありますが、本当に貧困であったかはよくわかりません。エピソードの一つに、兄の大学入学金を期限ぎりぎりに工面して支払ったというのがあります。昔の偉人伝で貧困家庭の親が苦労して教育を受けさせたというような話ですが、実態の様相は少々違います。親は今でいう犬のブリーダー(当時は結構ヤクザな商売で、本物のヤクザもいました。)もしていたのですが、たまたま金回りが悪い時期だったのです。そこで、売り物ではない種牡か台牝(子供を産ませるメス)を売って入学金にしたのです。これは金の卵を産む鶏をうっぱらってしまうようなものなのですが、当座の現金が必要なのでやむを得なかったのです。

 また、大みそかに親の集金について行ったことがあります。無事集金が終わり,親は「これでやっと年が越せる」なんて言ってました。これまた、貧乏長屋の落語噺みたいですが、実は、集金後にスーパーに行って、結構、贅沢な買い物をしたのです。要するに、収入が不安定で、贅沢と貧乏を繰り返していただけです。でも、最終的に親は借金を残して死んでしまいましたから、平均すれば、貧困だったのかもしれません。

 貧困らしいエピソードとしては、前にも書いたことがありますが,我が家は雨漏りの激しいとんでもないボロ家で,風呂が使えない時期がありました。その時期は銭湯に通っていましたが、銭湯にタクシーで行ったりするのです。それ以外でも,結構タクシーは利用していました。親の口癖は「金がない」でしたが,その一方でこんな浪費もしていました。なんともアンバランスです。それに、ボロ家ではあるものの、広い庭付きの大屋敷でした。犬を飼うために広さが必要だっただけなのです。つまり、人間のためではなく、商売の犬のための家だったといえます。快適な生活なんてことは親の念頭にはなさそうでした。こういうのは、貧困なのでしょうか、裕福なのでしょうか。

 それから、私は朝食は自分でインスタントラーメンなどを作っていました。家族は夜遅くまで働いていて、私が学校に行く時間にはまだ寝ていたからです。まるで、食事の用意もできない貧困母子家庭のようにも見えますが、その一方で、贅沢な外食にもよく行っていました。ただし、その外食には商売関係の人が同席していて、商談の場、接待の場でもあり、純粋の家族の食事ではありませんでした。我が家にも商売関係者が頻繁に出入りしていて、夕食を食べながら商談やら、商売敵の悪口を言っていたのを思い出します。ほとんどは常連の顔見知りで半分家族みたいな感じもありましたが、突然、仲たがいして新しい客人に悪口を言ったりするので、なんだかよくわかりませんでした。

 今、思い返して見ると、親は24時間商売のことを考えていたように思います。特に母親がそうで、父親の方は、金にならないことをしては母親から文句を言われていました。そして、商売と私生活の区別がありませんでした。そのため、まだ子供であった私も、商談の場や集金に立ち会うことになったのです。家の中が商談の場なので必然的にそうなるのです。そういう場面では相当、贅沢をしていました。その一方で純粋な私生活というものは極力切り詰められていたと思います。そもそも親には私生活という概念が無く、それに金を使うという頭が無いように見えました。趣味とか娯楽とかほとんどなく、せいぜいテレビを見るくらいでした。

 結局、貧困だったのだろうと思います。とにかく、金を稼ぐことで手一杯で、それを止めてしまえば、たちまち生活に困ってしまうかのようでした。世の中には、仕事中毒の金持ちも存在していて、表面的な生活態度はそれと似ていますが、金持ちとは言えませんでした。それでも、生活のある局面を見ると、贅沢をしているのですが、それは大抵仕事と関わっていました。

 まあ、私の親は特殊かもしれませんが、貧困かどうかは収入で判断したほうが良いのじゃないでしょうか。金の使い方は人それぞれで、他人から指図されたくありませんね。