大震法改正と地震予知情報の発表方法

地震予測 ランク分け、確率数値「安心誤解」回避へ 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160627/k00/00m/040/079000c

政府の地震調査研究推進本部地震本部)は、発生確率を数値で示してきたこれまでの地震予測の発表方法を見直す方針を決めた。数百〜数千年間隔で発生する活断層地震の場合、今後30年以内に起きる確率は小さな数値で示されるため、地震は少ないと誤解する人が多く、熊本地震で改めて問題が指摘されたことに対処する。数値に代え、確率の高さによってランク分けする方針で、より防災行動を促しやすい等級区分や表現を工夫する。8月をめどに詳細を決め、来年1月の予測改定に反映させる。

大震法、南海トラフに拡大方針 40年ぶりの見直し 朝日新聞DIGITAL
http://www.asahi.com/articles/ASJ6X5KG8J6XUTIL04P.html

 報道によると,政府の地震調査研究推進本部は、発生確率を数値で示してきたこれまでの地震予測の発表方法を見直す方針を決めました。確率の数値が小さいと,地震は少ないと誤解されるため,数値から言葉によるランク分けに変更するとのことです。

 これ,なんか変ですね。確率の数値が小さいと地震は少ないと受け取るのは誤解なのでしょうか。また,地震は少ないと誤解されないようなランク分けというのもなかなか想像しにくいです。地震の起きやすさではないランクとは一体どんなものなのか。それに,「確率の高さによってランク分けする方針」なら,結局,地震の多い少ないということじゃないですかね。なんだかよく分かりません。

 あっさり,現時点では地震予知は出来ないと認められないのでしょうか。「地震は何時起こるか分からないので,起きた場合の対策をしておいて下さい。」と随時,注意喚起する方が,地震予測よりいいんじゃないのと私は思うのですが。確率の高さによってはいるけど地震の少なさとは誤解されない何物かを表すランク,という凡人には理解困難なものを作って,凡人に活用してもらおうというのですから,見直しは凡人には想像しがたい大変な作業になるのではないでしょうか。

 凡人の活用と言えば,平成17年3月の「地震調査研究推進本部政策委員会成果を社会に活かす部会報告−地震動予測地図を防災対策等に活用していくために−」の第6章第1節「地震動予測地図の活用方法」には次の項目が挙げられています。


○地域住民等の地震防災意識啓発のための基礎資料とすること
○重点的な調査観測の対象となる地震や地域の選定の検討材料とすること
○国や地方公共団体等の地震防災対策検討のための基礎資料とすること
○施設の立地等の計画や全国を大括りで区分する地震保険等の評価における基礎資料とすること
等、

 これらは,総て地震の起きやすさに応じて対応が変わるものです。特に地震保険等の評価は定量的な発生確率をもとに行われますので,修正が必要ですが,替わりにどんな項目になるかというと,見当がつきません。

 ところで,地震予知と最近の水素水ブームは似ている所があると思います。地震予測も水素水の医療利用も基礎研究としては行う価値があるのですが,少なくとも現時点では実用化は出来ていません。にもかかわらず,一部の研究者が既に実用化されているかのように宣伝してしまったわけです。宣伝は研究者自身に,研究費増という利益をもたらし,水素水の場合は,食品メーカーに売り上げ増という利益をもたらしました。その一方で高価だけど単なる水を買った消費者は損害を被りました。地震予知の場合も,研究者や政府や行政の一部に利益をもたらしましたが,その他の政府や行政と国民に損害をもたらした可能性があります。地震予知の宣伝効果は大震法という法律まで作ってしまいました。今度改正されますが,どうなるのでしょうか。

 研究者が政治や実用技術に係わる場合は,責任について注意した方がいいです。政治や実用技術では,科学的根拠がなくても判断しなければならないことが数多く有ります。ですが,政治家としては,出来れば科学者が責任を負ってくれる科学的根拠があった方がありがたいに決まっています。その際にうかつに研究者が安請け合いすると,イタリアのラクイラ地震裁判みたいなことになってしまいます。ラクイラの事件は最終的には無罪になりましたが,行政の安全宣言に対して地震学者が異議を申し立てず,黙認した責任が問題になりました。おそらく,大震法改正や地震予測の発表方法の見直しでは,そのあたりが十分検討されるでしょう。十分な検討の結果,責任の所在はよく分からない法律になりそうな予感もありますが。

 地震は予知以上に,安全宣言の方が悩ましいです。大震法に基づいて予知情報が出されると,警戒宣言が発令され,様々な規制がかけられます。大震法は憲法で保証されている自由や私権を一時的に制限する権限の大きい法律です。規制は経済や生活に重大な影響を及ぼすので,いずれ解除しなければなりませんが,そのタイミングを誤ると裁判で追及されかねません。そのためがどうか知りませんが,今まで予知情報が出されたことはありません。法改正の目的の一つは,予知情報を実際に出せるようにすることだと思います。さもなければ地震調査研究推進本部の存在意義が問われます。

 私見ですが,良い案があります。予知情報を出しっぱなしにするのです。冗談ではありません,日本にいる限り常に地震の起きる可能性があり,警戒と日頃の準備が重要だと,多くの識者がことあることに警鐘を鳴らしているのですから。もっとも,ますます地震調査研究推進本部の存在意義が問われるという難点がありますが。