言葉の不備 ー 及び

 モヤモヤした話を書きます。法令用語の「及び」,「又は」,「かつ」は次の様に説明されます。

「及び」は併合的接続,「又は」は選択的接続,「かつ」は複数の条件を満たさなければならない場合に用いる。

 ところが,一般向けの説明では,「及び」は「AND」,「又は」は「OR」と書いてあったりします。この説明は少し変です。というのは,論理学の「AND」は「かつ」ですから。「及び」も「AND」なら,「かつ」と「及び」は同じになってしまいます。また,後で説明しますが,「及び」は「又は」の意味で使われているフシもあるのです。しかし,感覚的には「及び」は「かつ」とも「又は」とも違います。ではその違いを感覚でなく明確に説明せよといわれると言葉に詰まってしまいます。併合とは,まとめて並列表現しているというだけで曖昧なのです。

 法令用語の解説では,「及び」と「並びに」の階層による使い分けの説明は必ずしてありますが,「及び」,「又は」,「かつ」の違いの説明は簡単に済ませてあって,よく分かりません。仕方ないので,事例に当たって帰納的に意味を推測してみましょう。例えば,建築基準法には次のような条文がでてきます。

第七条の三 4
 建築主事が第一項の規定による申請を受理した場合においては、建築主事等は、その申請を受理した日から四日以内に、当該申請に係る工事中の建築物等(建築、大規模の修繕又は大規模の模様替の工事中の建築物及びその敷地をいう。以下この章において同じ。)について、検査前に施工された工事に係る建築物の部分及びその敷地が建築基準関係規定に適合するかどうかを検査しなければならない。

 前の方のかっこの中の「及び」は建築物等の定義ですので,「建築物,又はその敷地」と考えても不都合はありません。しかし「建築物,かつその敷地」という意味でないのは明らかです。敷地を含まない建築物も,建築物を含まない敷地も建築物等ですから,「かつ」である必要はありません。

 実は,第二条の定義では,「及び」ではなくて,「又は(若しくは)」を用いています。

第二条
五  主要構造部 壁、柱、床、はり、屋根又は階段をいい、建築物の構造上重要でない間仕切壁、間柱、附け柱、揚げ床、最下階の床、廻り舞台の床、小ばり、ひさし、局部的な小階段、屋外階段その他これらに類する建築物の部分を除くものとする。

 さらに,第十二条には,

「国、都道府県及び建築主事を置く市町村の建築物」という表記と「国、都道府県又は建築主事を置く市町村の建築物」という表記があります。「及び」と「又は」が違いますが,同じ意味で使われています。

 ここまでのところ,「及び」は「又は」と同じ意味のようです。

 ところが,第七条の三 4の後半の「及び」は違います。こちらは,「建築物の部分が建築基準関係規定に適合し,かつその敷地も建築基準関係規定に適合し」という意味です。建築主事は建築物とその敷地の両方共に建築基準関係規定に適合するかどうかを検査しなければならないからです。「建築物の部分又はその敷地」でないことは明らかです。こちらの「及び」は「かつ」の意味のように思えます。しかし,「建築物の部分かつその敷地が建築基準関係規定に適合」としてしまうと,一つのものが建築物の部分とその敷地を兼ねているような印象になり違和感があります。この場合は「及び」を使った方が,日本語としては自然に感じます。

 以上のことから,「及び」の意味は,「又は」的な場合と,「かつ」的な場合があるように思えます。要するに曖昧なのです。どちらであるかは大抵は文脈から判断できますが,文脈が読めない門外漢が文章の形式だけから読み取ろうとすると意味不明かもしれません。文脈が読めるのは暗黙知があるからじゃないかと思います。

 次に示すのは中間検査の申請をしなければならない工程の規定ですが,おそらく暗黙知が必要です。

第七条の三
一 階数が三以上である共同住宅の床及びはりに鉄筋を配置する工事の工程のうち政令で定める工程

 可能性のある工事の工程は以下の三ケースがありますが,申請が必要なのは総てのケースです。

1.床にのみに鉄筋を配置する工事の工程
2.はりのみに鉄筋を配置する工事の工程
3.床と梁の両方に鉄筋を配置する工事の工程

 少なくとも建築関係者はそう解釈しますが,それは建築工事の実態を知っているからです。しかし,この条文はあいまいなところがあります。「及び」は床やはりという部位を繋いでいるのか,工事の工程を繋いでいるのか次の両方の解釈が可能だからです。

a. 「床及びはり」に鉄筋を配置する工事の工程
b. 床に鉄筋を配置する工事の工程及びはりに鉄筋を配置する工事の工程

 かりに,a.と解釈すると,前述の3.のみ申請が必要という意味になってしまいます。面白いことに,次の例では逆転します。

c. 「床又ははり」に鉄筋を配置する工事の工程
d. 床に鉄筋を配置する工事の工程又ははりに鉄筋を配置する工事の工程

 c.は三つのケースを含む意味になるのではないでしょうか。

 論理学は極めて単純な体系を扱いますので,「かつ(AND)」と「又は(OR)」しかなく,「及び」に相当するものがありません。一方,自然言語は遙かに複雑なニュアンスを扱うので,「及び」という言葉もあるのかもしれません。確かに,「かつ」でも「又は」では表しがたい場合があるように感じます。しかし,本当にあるんでしょうか。「及び」でないと表せない意味というのが曖昧ですからね。言葉の不備を補う為に,こういう何でも使える曖昧な言葉があるような・・・モヤモヤするなあ