財布をなくすよりも高い?地球が消滅する確率

宝くじより高い? 隕石に当たって死亡する確率
現実に隕石の衝突に巻き込まれることは、どのくらいの確率で起きるのか
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/021200052/

確認可能な過去の事例が少ないこともあり、私たちが隕石に当たる確率を出すのは難しい。米テュレーン大学の地球科学教授スティーブン・A・ネルソン氏は、2014年にこれを試み、論文で発表した。それによれば、人が一生の間に局地的な隕石、小惑星、彗星の衝突で死亡する確率は「160万分の1」だという。

 自動車事故に遭う確率は90分の1、火事に遭う確率は250分の1、竜巻は6万分の1、落雷は13万5000分の1、サメに襲われる確率は800万分の1。米国の宝くじパワーボールに当たる確率にいたっては1億9500万分の1だ。

 何か変ですね。確かに,確率は常識的な感覚と違う場合がしばしばありますが,どうも,この場合は常識的な感覚から外れ過ぎています。例えば,日本では,ほぼ毎年,宝くじ当選者が出ます。一方,隕石に当たって死亡したというニュースは見たことも聞いたこともありません。宝くじに当たる確率が,隕石に当たる確率よりも低いと言われても「へー,そうなんだ」と記事を鵜呑みにするのは早計です。

 そこで,記事では曖昧にされている様々な確率の条件を考えてみます。先ず,自動車事故に遭う確率ですが,普通は1年間で計算されます。例えば,日本の場合,1年間の間に事故に遭う確率は0.8%程度です。上記引用の米国の90分の1もおそらく1年間の場合でしょう。一生の間だと1/3程度にもなってしまいます。

自動車事故に合う確率は?
http://upset-review.com/damage-insurance/glossary/traffic-accident-probability.html

まず、警察庁が公表する免許保有者の約8,100万人をベースに、1年間の自動車事故発生件数の約65万件から計算すると、65万÷8,100万=0.8%が1年間で事故にあう確率となる。逆に1年間で自動車事故に合わない確率は99.2%となる。

運転免許が取得できる18歳から、平均寿命の82歳手前の70歳まで運転するなら運転歴は約50年となる。すると、99.2%×99.2%×99.2・・・(50乗)すると66.9%となり、運転開始から臨終までに事故に遭遇しない確率となる。逆に33.1%の確率で一生のうちに1回は自動車事故に遭遇することになる。

 また,通常いうところの宝くじの当選確率は,ある特定の一つの宝くじを1枚だけ買った場合です。例えばジャンボ宝くじの当選確率は1000万分の1と言われます。これは,番号の組み合わせ数が1000万通りあって,当選が1枚として計算しているからです。10枚買えば当選確率はおおよそ10倍になります。私は,宝くじをここ数十年間買っていないので実態を知りませんが,10枚程度は買うのじゃないでしょうか。更に,宝くじマニアは毎年期待に胸を膨らませて売り場に並びます。成人してから寿命の80歳までの60年間,毎年1回購入するとすれば,一生の間に当たる確率は,確率が非常に小さい場合は,近似的に1回の当選確率の60倍になります。1回10枚を60回ではほぼ600倍です。

 米国の宝くじパワーボールに当たる確率は1億9500万分の1と非常に低いです。それでも,日本のジャンボ宝くじの1/10程度ですから,1枚買った場合の当選確率と考えてよいと思います。1回に10枚,60年間買い続けたとすれば,33万分の1となって,隕石の160万分の1より大きくなります。少なくとも,同じ期間で比較すれば,隕石に当たって死亡する確率は宝くじより高くはありません。

 更に,隕石が衝突する確率 「160万分の1」自体にも疑問があります。地球科学の専門家の計算なので間違いとは言いませんが,逆に言うと,地球科学的スケールの確率であって,一般人が何となく思い浮かべる「隕石に当たる確率」では考えないような様々な条件があると思った方がよいでしょう。

 そこで,一般人の日常的な感覚から「160万分の1」を吟味してみます。隕石の専門知識が無くても大雑把に感じを掴むことは可能です。分かりやすいのは,交通事故の確率計算のように,事故統計を用いる方法です。1年間の隕石衝突による死亡者数をn人,世界の人口70億人とすると,1年間の死亡確率p1は,「n/70億」です。寿命を7080歳とすると,一生の間に隕石で死亡する確率は,p1が小さい場合は,近似的に「7080×p1」になります。これが,160万分の1となる死亡者数nを逆算すると,6055人程度です。

 さて,この数字をどのように考えるかです。少なくとも,死亡統計には有りそうにないですが,世界の片隅でニュースにもならず,統計記録にも残らない隕石事故で年間6055人がひっそりと亡くなっていないとも限りません。ただ,日本ならニュースになると思いますので,6055人のうち日本がどのくらいを占めるかを推定してみます。単位面積当たりの死亡者数は隕石の降り注ぐ密度と人口密度に比例します。隕石の降り注ぐ密度は世界中で同じとすると,人口密度に比例することになります。国土全体では国土面積を掛ければよいので,「人口密度×国土面積」つまり人口に比例します。日本の人口は世界の1.7%程度ですので年間10.9人の死亡という見積もりになります。

 私たちが日常で感じられる範囲では,日本で年間ほぼ1人が隕石で死亡しているとは思えませんので,「160万分の1」は大きすぎるのではないでしょうか。ただし,記事にも書いてありますが,恐竜が絶滅した小惑星の衝突というような宇宙的スケールの現象を考慮すればあり得ない事ではないかも知れません。例えば,日常的な感覚では,地球が消滅する確率はほぼゼロですが,宇宙的スケールでは,ほぼ100%です。だからといって,「あなたの財布が消滅する確率よりも,地球が消滅する確率は高い」と言うのは,奇をてらったレトリックに過ぎません。財布を無くす確率の理解の助けになるどころか,誤解を招くだけですよね。