「犯人診断基準」

前記事から続く

 殺人事件の容疑者Aが犯人である証拠を検察は示した。

【Aが犯人である証拠】

1.被害者は刃渡り10cmのナイフで刺されており,Aも同じナイフを持っていた。
2.犯行現場に残された靴跡のサイズは26cmあり,Aの靴のサイズも26cmである。
3.犯行現場の隣室の住人が被害者と言い争う男の声を聞いた。Aも男で有る。
4.被害者は厳しい取り立てで知られる町金を営んでおり,Aも借金とウラミがあった。

 さらに,Aが犯人ではないという証拠もなかった。つまり,

5.Aにはアリバイが無い。

 こんな貧弱な証拠では有罪に出来ませんね。裁判で有罪にするためには確定的証拠が必要で,確率的に犯人の可能性が高いというだけでは不十分でしょう。しかも,上記の証拠はA以外の容疑者にも当てはまるありふれたものですから,確率的にも全然高くありません。*1

 証拠には決定的なものと傍証に過ぎないものがあります。傍証と真犯人であることとの関係は次の4分表で表されます。

 b.は偽無罪,c.は偽有罪であり,傍証には付きものです。この二つが多くては証拠とはいえませんね。上に示した程度では,【Aが犯人である根拠】とはいえず,せいぜい捜査初期段階の【容疑者を絞る条件】といったところです。条件に該当するのはAだけではないし,Aよりも怪しい容疑者もいるかも知れません。

 残念なことに,迷宮入りという事件もあります。それじゃあ,被害者の家族の無念は晴らせないと,犯人をでっち上げてはいけません。当たり前過ぎて言うまでもありませんが,医療の診断では当たり前でもなさそうです。

*1:1.から5.のそれぞれの条件を満たす確率が1/10だとすると,犯人以外が総てを偶然満たす確率は1/100000であり,犯人である確率は99999/100000である,という訴追者の誤謬詭弁がある。