旭化成建材の情報提供

旭化成建材、一転して情報提供始める 杭施工3040件
http://www.asahi.com/articles/ASHBR5605HBRUTIL032.html

 情報提供に慎重だった旭化成建材自治体からの苦情で方針を変えました。旭化成建材は当初、「個別物件の公表は迷惑を掛ける。データ上安全とわかれば連絡はしない」と言っていたのですが、これは3040件の住民の利益を考えれば妥当だと私は考えます。しかし、妥当な考えが必ずしも世間の支持を得るとは限りません。

 情報提供の効果は、旭化成建材が関与した3040件以外の住民が安心するだけです。逆に3040件の住民は不安が増しますが、多分、実際に何らかの対処が必要なのは、そのごく一部に過ぎません。なぜなら、問題の担当者が関わった物件は41件しかしかなく、そのうちの1棟に沈下という不具合が発生しただけですから、41件以外のほとんどの物件に不具合がある可能性は非常に少ないと思われるからです。しかも、その不具合は後述するように緊急に対応が必要なものではないのです。

 不具合があるかどうか分からない3040件に該当すると分かったところで、住民や自治体が何か行えるわけでもありません。不安な気持ちで旭化成建材の調査待ちするだけです。場合によってはマスコミの取材などの迷惑や風評被害の恐れもあります。

 杭の不具合は緊急の対処は不要というのは次のような理由です。不具合は長期的には建物の沈下を引き起こし、財産価値を低下させ、最悪の場合使用不能になります。しかし、上部構造の不良と違って、人命にかかわるような急激な建物の崩壊を引き起こすことは、傾斜地のような特殊な立地条件以外では考えにくいのです。地震で杭が破損することで、意図せざる免震構造のような状態になり、むしろ上部構造の被害を軽減するという事すらあります。どこかを壊すために地震エネルギーが消費されれば、別の個所は壊れないということもあります。もし、不具合がエレベーターのワイヤーロープだとしたら、使用している可能性のある建物すべてに情報提供して即使用停止にしなければなりませんが、杭の場合は事情が違います。

 つまり、杭の不良は重大な瑕疵で財産的被害は甚大ですが、緊急に対応する必要はあまりありません。不良があった場合ですらそうですから、不良があるかもしれないという情報はなおさら急ぐ必要はないのです。これは、津田敏秀氏の甲状腺がんの論文が拙速という批判を受けているのと似ています。すでに放射性ヨウ素は崩壊してしまってなくなっていますので、これから新たな甲状腺がんの放射性ヨウ素による発生はありえません。仮に低線量の影響があったとしても、それはすでに影響をうけてしまっているのですから、診断できる大きさになるまで対処する方法はありません。今の時期に不確実な論文を発表する意義はありません。余計な不安を増やすだけです。

 とはいえ情報を隠しているようで悪い印象があります。少なくとも情報提供すれば自治体からの苦情が減るという効果はあります。旭化成建材が方針を変えたのは、こうした自治体の圧力から自分を守るためでしょうが、マンション住民にとってのメリットはありません。

 それに、自治体は旭化成建材の係わった情報を欲しがっていますが、それだけで満足できるのでしょうか。今回の事件の関係者は、デベロッパーの三井不動産レジデンシャル、元請け施工の三井住友建設、一次下請けの日立ハイテクノロジーズがあり、杭打ち工事を行った孫請けが旭化成建材なのです。関係者が関わったすべての物件情報提供をしなくてよいのでしょうか。いや、ある意味で建設業そのものが疑われているのであり、すべての建築物を点検しなくてよいのでしょうか。直接施工を行う担当者だけの問題ではなく、管理者の仕事が問われているのです。

 そこまで範囲を広げるのは過剰だとしたら、どこで線引きすればよいでしょうか。日立ハイテクノロジーズまで範囲を広げるべきでしょうか。逆に担当者が関わった数十件でよいのでしょうか。この種の線引きに正解はありません。現実には世論の声の大きさで決まります。

 誤解のないように記しておきますが、今回の件は重大な手抜き工事です。旭化成建材だけでなく、関係企業、いや建設業全体が管理体制の点検をすべきです。建設業では管理は常に問題になっており、今回の事件でも業界全体として対応が始まっていると思います。そのことと、情報提供をどこまでするかは別問題だということです。

 実は似たような施工不良は過去にもいろいろあります。建設業界隈では話題になっていますが、今回のような社会的問題にはなっていません。世間が騒ぐか否かはちょっとした違いですが、企業や住民に大きな影響を与えます。