新国立競技場の予算と建て主

 ここにきて、ゼネコン関係者の発言が出てきました。建築工事では、概算が外れることは別に珍しいことではなく、その調整、修正こそ建築技術者の腕の見せ所というような意見です。確かに、概算時点ではスケッチ程度しかなく、大雑把な概算しかできません。その後、実施設計をして積算して始めて正確な工事費がでますが、そこに至るまでに様々な調整が行われ、工事発注直前にも行われます。

 民間工事では、工事発注後もその調整が続き、最終的に調整がつかず、工事代金未払いが発生し、訴訟になる場合もあります。資金の裏付けなしに工事契約することも可能だからです。そこは信頼関係であるわけです。

 しかし、公共的建築の工事では、予算の裏付けのない契約はできません。中小規模の建築では、設計と工事費の予算はほぼ同時期に確保されます。つまり工事費の予算が確定してから設計をします。従って予算厳守は至上命令です。例外がないとは言いませんがそういうのは政治案件です。

 大規模になると、設計と工事費の予算が別の年度になり、設計が終わってから、工事費の予算要求がされる場合もあります。そして、工事費の予算要求が認められないという事もあり得、その場合は設計は無駄になってしまいます。そうならないように減額の調整をしますから、滅多に工事中止はありませんが。

 では、新国立競技場の予算はどうなっているのかというと基本は国費です。オリンピックの費用は原則民間資金で賄いますが、国や東京都の施設を使う場合は、国や都の予算を使うことになっています。国立競技場は管理は財団法人のJSCが行なっていますが、国有財産なので、文科省の予算が投入されます。しかし、都からも一部補てんされ、少しややこしくなっています。

 そして、おそらく文科省の工事予算は全額成立はしていません。つい最近になって有識者委員会で工事費が承認されたということですから、成立していないはずです。ということは、前述の大規模建築で説明したように、設計が終わり工事費の予算要求を今から行うという段階です。要求が必ずしも通らないのも前述のとおりです。これらを考えれば、今のドタバタはとくに特別なことが起こっているわけではなく、設計して工事費が高すぎるので工事費は認めないという、ほかの施設でもありうることです。普通は、財務省が認めないわけですが、国民の注目を浴びたため、阿部首相自ら白紙撤回したという違いはありますが。

 ただ、JSCは工事の一部をすでに契約しているのが違和感があります。こういうことがどうして可能なのでしょうか。全体工事費は予算化されていないはずですが、1300億円という当初の建設費に基づく、27年度予算は成立していて、その範囲内でとりあえず契約したのかもしれません。これは、後の工事の予算の裏付けもなしに、かなり危険な橋を渡っていることになります。とにかく「ラグビーワールドカップ」に間に合わせるという至上命令で行ったのかもしれません。

 このような危険な綱渡りを、役人は通常しません。民間工事では工事代金未払いが起こるように、資金調達と事業執行が並行するのは当たり前かもしれませんが、公共的工事は石頭と言えるほど慎重に進めます。ただし例外があって、政治的案件では綱渡りどころか何でもありです。オリンピックはまさに政治案件です。JSCは無能だったかもしれませんが、政治に振り回された被害者の面もありそうです。その被害者意識が世間には当事者意識がない無能に映ります。

 もう一転JSCの失敗は、開閉式屋根にこだわったことじゃないでしょうか。このような政治案件で予算不足が生じれば、要求条件の見直しは必須で、実際に一度面積縮小を行なっています。にもかかわらず、開閉式屋根は取りやめにはなりませんでした。オリンピックともスポーツとも関係しないイベント用の開閉式屋根は真っ先に取りやめ候補になりそうなものです。少々の無理は政治的判断で追加予算があるかもしれませんが、イベント用では政治的判断も世論に負けます。そもそも、国立のスポーツ施設ですから本来目的ではありません。経営的に収入が増え、元が取れるというのなら、JSCが自主事業として借金してでも設置できるはずです。

 建築事業の主役は建て主です。建築家でも建設会社でもありません。映画はプロデューサーがどんな映画にしたいか決めます。監督や俳優が目立ち、世間に注目を浴びますが、プロデューサーが作るのです。建築の場合も建て主の意図がはっきりしないとうまくいきません。