アトリエ系建築設計事務所

 デザイナーズマンションという言葉があります。ウィキペディアによれば、「建築家のコンセプトが前面に表れた集合住宅のことである。」とあります。実用一点張りではなく、ちょっとおしゃれなマンションといったところでしょうか。建築雑誌に載っている個人住宅は、昔からこの手のタイプのものです。それらの中には、相当の覚悟がなければ住めないようなものがあります。それは建築というよりも芸術作品であり、使う道具ではなく、鑑賞する作品です。建築家のコンセプトに共感した建築主のみが少々の不便や高い建設費は我慢しても住む住宅です。

 その一例が、安藤忠雄氏の有名な「住吉の長屋」です。施主は未だに住み続けており、日本建築学会賞受賞の「作品」です。ただし。安藤氏自身は自分が住むなら分譲住宅にするそうです。だから「製品」ではなく「作品」なのです。このような「作品」を生み出す建築家の設計事務所は「アトリエ系設計事務所」と呼ばれます。

 住吉の長屋の施主が住み続けているように、個人住宅ではこのようなコンセプト重視の「作品」は施主が受け入れれば問題はありません。一方、多数の人にかかわる公共的建築では難しい面がありますが、美術館のような特殊な建築ではアトリエ系設計事務所が活躍しています。一方で、機能的に複雑で専門知識が必要な病院建築の類ではあまり見かけません。

 しかし、アトリエ系設計事務所は、無難を望む行政建築の発注者の評判があまりよろしくありません。デザインは斬新でも、雨漏りがしたり、窓掃除ができないなどとと基本的性能が十分ではなく、苦労するからです。機能だけでなく、予算をオーバーしがちということもあります。

 アトリエ系設計事務所でも「先生」と呼ばれるような建築家の設計になると、施設担当者は、さんざんな目にあい、もうこりごりという気分になることも多いようです。ですから、設計者選定には慎重になります。建築家のコンセプトに積極的に共感しているのでないのなら、お任せではなく、自分の求める建築をしっかり打ち出して注文しないと、建築家の自己表現に付き合わされて苦労するだけの結果になることは、経験の多い施設担当者ならわかっています。

 ところが、経験のない施設担当者や組織の場合、単に有名な「先生」にお任せすることになる恐れがあります。しかも悪いことに、自分の家ならどのような家にして欲しいかはわかりますが、公共的施設の担当者は分からない場合がよくあります。担当者は本当の施主の代理人に過ぎないからです。

 そこで、どのような建築にして欲しいかも含めて専門家に委託することになります。その受託者がコンペなどの設計者選定委員です。これは経験ある施設担当者も行う手法ですが、どちらかというと本当の施主を納得させるためのお墨付きを得るためで、どのような設計者や建築にしたいかの腹案はしっかり持っており、慎重に専門家を選定します。第三者性という意味でも、委員長は建築家よりも大学の先生を選ぶことが多くなります。これが行き過ぎるとやらせ委員会になってしまいます。

 やらせはいけませんが、残念ながら、素朴に専門家を信頼しお任せ状態になると大抵、後でトラブルになります。個人的にそんなトラブルの後始末をしたことがあります。専門家は尊重し信頼しなければなりませんが、依頼側の考えもしっかり持ち、話し合わなければうまくいきません。医療でいえばインフォームドコンセントみたいなものです。そんな手術を望んだのではないと後から言っても遅いですからね。専門家にも専門分野がありますから、畑違いの専門家に依頼していけないのは当然です。安藤忠雄氏を審査委員長に選んだ理由は何だったのでしょうか。