免震偽装ゴムは直ちに危険か

 4月11日読売記事に次のようなコメントの紹介があった。

 「建物は昨年3月に完成したばかりなのに、免震ゴムの性能は、すでに耐用年数の60年を経過したぐらい劣化したレベルだとわかった」問題の免震ゴムが使用されていた高知県安芸総合庁舎(高知県安芸市)について、同県の田中成一建築課長はこう説明する。

 この説明(の記事)はミスリードの恐れがある。この説明だけを聞いて一般の人はどのような印象をもつであろうか。建設直後の性能を1とすると、建物の耐用年数60年経過後の性能はどの程度と感じるであろうか。0.5程度、ひょっとしたらほとんど0に近いと感じる人もいるのではないだろうか。何しろ耐用年数を経過したぐらい劣化したレベルである。

 しかし、耐用年数60年とは建物の耐用年数であって、免震ゴムの耐用年数ではない。免震ゴムは新しい材料なので耐久性については不明な点もあるが、60〜80年は劣化しないといわれている。免震ゴムは地震対策として建物に使用されるずっと以前から橋梁の交通振動対策として使われており、海外ではすでに100年経過しても問題なく使われている事例もある。(建築用と橋梁用は全く同じではないが)
http://www.zenitaka.co.jp/solution/menshin/faq-0.html
http://www.oiles.co.jp/menshin/building/menshin/faq/

 このことから考えれば、性能的にはほとんど完成直後と変わらないといえるだろう。だからと言って問題がないというわけではない。今後さらに60年程度性能が保持される必要があるからだ。それはそうであるが、要求性能を満たさない恐れが出てきた時点で交換しても間に合う。免震ゴムは交換可能な仕様になっている。不正事件であり、交換は当然であるが、あわてて行う必要はそれほどないということだ。

 高知県建築課長の発言の意図はある程度理解できる。それは国交省が「震度6強〜7程度では倒壊しない」という調査結果を発表したことに対応したのであろう。読売記事には県知事の「20年、30年後も耐えられるような安全性が必要と考えていた。極めて遺憾である。」という当然の見解も紹介している。つまり、今は大丈夫だとしても、将来も安全だといえる措置が必要だということある。

 しかし、建築課長の説明の記事を読んだ一般読者は、今にも危ないと誤解する恐れがないだろうか。このあたりの事情は、食品安全に関する誤解と似ている。時々、食品添加物の安全基準違反が発生すると、「直ちに健康への影響はない」というコメントがよく出される。食中毒事件と違い食品添加物違反での健康被害はほとんどない。これは国交省の「震度6強〜7程度では倒壊しない」という発表と対応している。食品でも、建築物でも幾重にも安全率が考慮されているので、基準値を満たさないからといって直ちに差し迫った危険があるわけではない。安全か危険かは科学的な「リスク評価」で判断される。それに、社会的、行政的判断を加えた「リスク管理」に用いられるのが「基準値」である。「基準値」は安全か危険かを判断するものではない。行政処分を行うかどうかを判断するものである。本当に危険な状態になるまで行政処分を行わないという綱渡りはあり得ないのである。

 東洋ゴムは違反を犯したのであるから、当然行政的処分を受けるし、基準を満たすゴムに交換しなければならない。場合によっては、民事的な損害賠償もしなければならない。しかし、そのことと当座の危険は別の話である。