パターナリズム医療

 ザ!世界仰天ニュースの2/18日放映は「最後までチームを愛した藤井将雄」でした。
http://www.ntv.co.jp/gyoten/oa/150218/03.html

 元ダイエーホークス藤井将雄投手の逸話です。藤井投手の凄まじい気力に見ていて涙が出てきました。しかし,その一方で,放送にはなかった本人の臨終の時の気持ちが気になりました。

 要旨は,次の通りです。

 1999年シーズン終了後の10月,藤井選手の検査をした医者から,母と妹は余命3ヶ月と告げられた。野球が全ての藤井選手に伝えれば,絶望してしまうかも知れないと家族は悩んだ。球団に黙っているわけにもいかないが,球団が知れば当然契約更新はされず,本人にも分かってしまう。そこで,王監督に契約するフリだけでもできないかと相談したところ,演技ではなく,本当に契約してくれたのだった。希望を失わなかったためか,藤井投手は奇跡の復活を遂げ,5月には2軍での登板まで果たした。その後,病状が悪化したが,入院中もチームメイトを励まし,アドバイスを送り続けた。そして,余命3ヶ月の診断から1年以上も生きて球団の優勝を見届けた6日後に亡くなった。

 素晴らしい話です。ですが,次の様なことも気になります。最後の最後,藤井投手は自分が死ぬことを知らずに死んだのか,それとも気づいていたのか。気づいたのが死の直前であったとしたら,どんな気持ちなのか。ご家族の気持ちとしては,知らないまま死んで欲しかったのかもしれないけど,それはかなえられたのか。

 もちろん,藤井投手の性格はご家族が一番よくご存じのはずで,この事例について,ご家族のつらい判断をとやかく言うことはできません。言いたいのは,この事例を一般化することはできないだろうと言うことです。例えば,他の事例では,本人が不治の病を知っても希望を失わず,むしろ期限が切られたことでより精力的かつ計画的にライフワークをやり遂げたという場合もあります。

 そこまでではなくても,時間がないことを知って,やり残したことをしたり,身辺の整理を行ったりする例も多くあります。優先度の高いことを集中的にできるわけです。優先度の高いこととは,単なる楽しみでも構いません。将来の楽しみとしてとっておいた贅沢を前倒しでするという選択もやりやすくなります。もし,真実を知らされておらず最後に知った場合,もっと早く知らせて欲しかったと感じないとも限りません。

 そうは言っても,死を宣告されたら絶望するのではないかという危惧は払えません。ただこの危惧は相手を過小評価している可能性もあるわけです。藤井投手ほどの人物なら死を知っても希望を失わなかったかも知れません。というのも,彼は自分のプレイだけが生き甲斐だったとは思えないからです。自分で納得できなければ1軍昇格にも拘らず,自分がプレイ出来なくなってもチームメイトにアドバイスをし,チームの優勝を死の6日前の病室で見て感動していたからです。自分がプレイするだけではない,より大きな生き甲斐があったのではないでしょうか。もし,死を予期していれば,アドバイスに専念し,奇跡の復活登板のような劇的な話はなかったかもしれません。それはTV局にとっては価値が下がるかもしれませんが,本人にとっては又別です。

 ここから,私が常々思っていることに繋がるのですが,絶望するのではないかという配慮はパターナリズムなんですね。相手の判断力や精神力が自分並みか,あるいは劣ると考えているから配慮するわけです。年端のいかない子供にはとても真実は告げられないというのはそういう理由です。子供がサンタさんが存在しないと知るとショックを受けるだろうと配慮して,大人はウソをついています。

 それに,患者の精神力を信頼した方が,家族も楽です。ウソをつくというのは結構つらいものです。そして,それはウソをついた相手にも伝わり,相手が逆に気を遣うといういうようなややこしいことになりかねません。また,私自身も20%程度の死の確率の宣言を受けたことがありますが,まあ大丈夫でした。これが80%ならどうだか自信はありませんが。この人なら大丈夫だろうと真実を告げたら,取り乱されたということもありますので,なかなか難しい話です。

 というようなことを考えていたら,プラセボ製薬なるものを知りました。
プラセボ製薬
 http://placebo.co.jp/

 冗談かと思ったら,本当に販売しているようです。プラセボを使うというのも,パターナリズム医療です。認知症患者など通常の判断力がないと考えられる場合に使われるからです。しかし,その判断を誰が,どのような基準で行うのかという難しい問題があります。認知症患者さんの家族が安易に使うと,本当に必要な時に薬を与えない恐れもあります。プラセボといえども専門医の処方が必要なのではないでしょうか。本当の薬を服用したことを忘れた患者さんが全く見た目の違うプラセボで騙せるのかも,怪しいです。もし騙せるのなら,ビタミン剤でも十分でしょう。200錠1590円より安いものは沢山あるんですけどね。