納得の深さ

なぜ、「ー(マイナス)とー(マイナス)を掛けると +(プラス)になる」のか。究極にわかりやすい説明 
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■本当に納得したのか

 この説明は標準的なものです。わかりやすく,大抵の人は納得すると思うので,説明自体には不服はありません。

 でも,納得したというあなた,本当に納得したのですか?

■マイナスりんごをイメージできるか

 この記事の説明には少し奇妙なところがあります。前半で「マイナスという概念は、現実の物質と対応しない。りんごが−1個、という状態は、現実には無いのである。」と述べています。そもそもマイナスという概念が何を意味しているのか分からないと言っているのです。ところが,後半の説明ではりんごには触れずに,上昇速度と時間を持ち出しています。上昇速度のマイナスは下降速度を意味し,時間のマイナスは時間をさかのぼることを意味することを何の説明もなく述べています。実際に説明しなくても誰でも納得するので別に良いのですが,それならばマイナスの概念は元々理解していたということになりますね。じゃあ前半の話は何だったのかということになります。理解していなかったマイナスの概念を理解させたのでなく,既に納得している例を持ってきただけです。マイナスのりんごは納得できますか?

■気球に納得しても,マイナスの概念を理解したのか

 でも,自分で言っておいて何ですが,これは言いがかりです。「納得」というものは,そう言うものなのだと思います。抽象的な概念の具体例を一つでも思いつけば納得できるのです。ただし,抽象的な概念を「理解」したのかというと怪しいです。抽象的な概念は一般的なものですから,どのような対象についても納得できる具体的状況を説明できなければいけないような気がしませんか。気球の場合はマイナスの数字も全部具体的物事と対応しているから分かり安いわけです。では,マイナスりんごを具体的にイメージできますか?

■マイナスりんごの具体的イメージ

 りんごの例で私が思いつく具体的説明はせいぜい次のようなものです。りんごの重さを考えるのなら,天秤の左側に載せるりんごがプラスで右側がマイナスとし,個数のプラスは天秤に載せることで,マイナスは取ることとすれば良いでしょう。技巧的でスッキリしない嫌いがありますが,納得できるという人もいるのではないでしょうか。多分もっと良い説明もあるでしょう。思いつける具体例の多さによって納得感の深さは違うのであって,納得感はオンとオフだけではありません。

■マイナスの概念がない具体例もある。

 さきほど,どのような対象についても具体的状況の説明ができなければ抽象的な概念を理解したことにならないのではと述べました。これまた自分で言っておいてなんですが,そうではないと思います。なぜなら,抽象的な概念を適用出来ない具体的事例があるからです。例えば絶対温度です。これにはマイナスはありません。実はりんごの質量もマイナスはありません。最先端の物理学ではマイナスの質量もあるかも知れませんが,ここでは日常の場面を考えています。ハカリに載せたら目盛りが減るようなりんごは存在しません。そもそも,「りんごがー1個という状態は,現実にはない」と思ったのはそういうことの筈です。天秤という状況にすればマイナスも考えられるというだけのことです。

■マイナス概念は決めごと

 要するに決めごとなのです。「これこれの状況をマイナスと決めれば,抽象的なマイナスの演算が適用できる」としているだけなんですね。抽象的な概念は複数の具体的事例に共通する性質を抽出したものです。共通した性質を持たない具体的事例も当然ながら沢山あります。しかし,そう言う事例でも,人為的にマイナスという状況を決めてやれば,整数の引き算ができるという共通した性質を持っていると見なせます。何故,そんな人為的なことをするのかというと,引き算の制約がなくなって何かと便利になるからです。

■納得できなくて当然

 最初の疑問に戻ると,「-1個というりんごは,存在しない」という疑問は正しいのです。それが日常生活の決めごとでありルールだからです。そこへ数学者や学校の先生が現れ,「りんごにも-1個が存在することにしよう」と勝手にルールを変えたのです。ですから,納得できなくて当然なのです。「ルールを変える」というと印象が悪いので「概念を拡張する」と数学者は言います。数学の抽象的な概念が分かりにくい一つの理由だと思います。