千里眼事件

 有名な千里眼事件を11月5日放映の「ザ!世界仰天ニュース」で取り上げていました。

ー不思議な力を持つ千鶴子ー ザ!世界仰天ニュース
http://www.ntv.co.jp/gyoten/oa/141105/01.html

ー第13回 千里眼事件とその時代ー  国立国会図書館
http://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/13/

千里眼事件ー ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E9%87%8C%E7%9C%BC%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 福来友吉千里眼を科学として取り扱おうとしたようですが,そもそも科学的価値のあるような対象とは思えません。なぜなら千里眼能力は教育して他者に伝えられないからです。御船千鶴子や長尾郁子という特定の人物にしか備わっておらず,彼女らが死んでしまえば,歴史にしか残らないからです。そう言う面では,考古学や古生物学も似たところがあります。ただ,それらの学問は,1匹の個体の性質ではなくて,その種全体に共通する性質を対象としているので,遙かに一般性があります。更に,古代の生物の進化というのは現代に繋がっているわけで,時空を超えた一般性のある研究であるわけです。一方,過去の個体だけの性質を調べたところで,それは時空の1点を記述しただけで何の発展性もないつまらないものです。

 例えば,100mを5秒で走る能力のある選手が出現すれば週刊誌的興味は呼ぶかもしれません。しかし,その選手だけの特殊な能力なら科学的にはあまり興味ある出来事とは言えません。たまたま突然変異かなにかで超能力が備わっただけのことなら一般性がないからです。しかし,将来的に陸上競技界全体のレベルがそこまで達する可能性があるという根拠があるのなら,科学的にも大いに興味がある出来事です。新種の生物を発見すれば科学的な業績になります。しかし,突然変異の個体を発見しても,珍しさでコレクター的興味から珍重されるだけです。

 言ってしまえば,超能力の研究は珍しいものを有り難がるコレクター的興味で行われているだけではないでしょうか。一方で,科学的研究が行われる状況にはいくつかパターンがあると思います。一つは,しばしば観測される現象のメカニズムを解明しようという場合があります。もう一つは,理論を実験や観測で実証する場合です。確認された現象の理論付けをする場合と,仮説の理論を裏付ける現象を再現するものです。超能力の研究はそのどちらでもありません。しばしば観測される現象でもありませんし,検証する価値のある理論があるわけでもありません。存在したら珍しくて面白いというコレクター的興味を惹くだけです。いわば,宇宙人がいたら面白いだろうなという子供の空想の域を一歩も脱していません。宇宙人の夢が科学俎上に載るためには,錯覚やねつ造ではないと認められる目撃例があるか,宇宙人の存在の可能性を示す理論的説明がある必要があります。前者はいまのところ存在しませんが,後者の可能性はあるので実際に探索されているわけです。超能力の場合は,その両方ともありませんので,科学の俎上に載る前段階と言えるでしょう。興味のある好事家が自費で行うレベルの事柄です。

 皮肉なことに超能力を装ったトリックの解明は科学の対象になり得ます。トリックは教えることができ,誰でも行える可能性があります。一般性があり,使い方次第では有意義な利用法も有り得ます。もっとも応用は純粋な科学ではなく技術ですが。