そんなこととは知らなかったでは遅い

安倍首相「完全に安全を確認しない限り原子力発電所は動かさない」
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 政治家の使う「完全に」と科学者の使う「完全に」は,意味が違うことはよく知られています。さらにもう一つ,選挙民が受け取る「完全に」も微妙に意味が違うのではないでしょうか。

 科学者は,「ある条件の元に100%」の意味と考えます。「ある条件」は仮定であり,成り立つかどうかは保証していません。科学者は森羅万象をすべて理解したとは考えていませんので,無条件で100%とは言いません。必ず,付帯条件をあれこれ付けます。この態度は政治家や選挙民には歯切れが悪く,煮え切らないように映り,評判が良くありません。

 政治家の場合は,定まった意味がありませんが,最も多いと思われるのは,「100%にするように最大限の努力をする。」です。努力するだけで結果の保証はありません。場合によっては「任期中に100%にならない事態が生じたら責任をとる」というある程度誠実な意味であることもあります。この場合でも責任がとれるのは任期中に限られますから,長期的な問題の責任はあやふやです。

 一番の問題は選挙民がどのように受け取っているかですが,人によって違います。ただ,政治家は選挙民に対して発言するので多くの選挙民が考えている意味で使っていると想像できます。となると,選挙民の多くも「100%にするように最大限の努力をする。」となるのですが,話はそれほど単純ではありません。多分,選挙民の多数は「無条件に100%」と考えているのではないでしょうか。もっとも厳しく考えているのです。なぜなら,要求する側であり実現する側ではないので,厳しい条件を言った方が良いからです。

 ただ,日常の交渉ごとを考えてもらえば分かる様に,無理な要求をしても交渉はまとまりません。相手の事情が分かれば現実的な要求で妥協するのが普通です。問題は,極めて専門的で相手の事情がよく分からない場合です。そのような場合でも交渉をまとめる気がないのなら,無理な要求を突き付けれて決裂させるだけです。しかし,交渉はまとめたいが,要求も100%通したいという虫のいい考えもしばしばみられます。そういう困った事態は,相手の事情がよく分からないという情報不足の時に起こりがちです。

 当然,虫のいい要求が通っても,後で要求が満たされない可能性は非常に高くなります。そしてトラブルになります。要求が満たされなかった場合の被害が回復可能であったり,補償で対応出来るようであれば,取りあえず100%の要求を受け入れ,トラブルは事後的に処理することはよく有ります。事前に100%の要求実現は無理であることの,めんどくさい説明をするよりも,手間も労力も省ける可能性が高いからです。もっとも,その見積もりもしないで安請け合いをすると,単なる問題先送りに過ぎず,後で破綻という結果に至ります。こういう事例も枚挙にいとまがありません。

 経験から,政治家は事前には気前よく要求を受け入れ,事後的に処理する手法を多用する傾向があるのではないでしょうか。政治問題では結果が出るまでに時間が掛かることが多いので,選挙民が約束を忘れてしまったり,考えが変わることも多いからです。また,事後的な補償に必要な費用もその時になれば捻出出来ないこともないのが政治です。

 このような手法はものごとを迅速に進めるには有効で,大抵上手く行きます。しかし,100%が満たされなかった場合の被害が極めて大きい場合には破綻の危険性が大きくなります。大きすぎるギャンブルは危険という当たり前のことに過ぎませんが,おおきなギャンブルをしているという自覚も無い場合もあります。つまり,今までの経験が通じない世界だということに気づけないのです。完全に100%勝てるギャンブルはありませんので,結局のところその大きさをちゃんと知ることが重要ではないでしょうか。

 選挙民だって馬鹿ではありませんから,100%勝てるギャンブルや完全に安全な原発があるとは思っていないでしょう。政治家の公約は100%守られると思っている脳天気な選挙民は殆どいないはずです。しかし,万が一ギャンブルに負けた時の損害を知らないということは政治家同様,選挙民にもあるのではないでしょうか。その損害を受け入れられるのか,できないのかは是非とも考える必要があります。政治家や科学者も説明する必要があります。でも面倒くさいのですね。説明もですが,説明を聞く方もです。そんな説明よりも100%約束しろと言っている限り,政治家もその要求に応え続けるでしょう。多分,約束が守られなくても政治家や日本国は破綻しませんから。しかし,選挙民の町や村程度なら破綻する可能性がありますから,慎重に考えた方が良いと思います。