意味不明でも分かった気になる「確率」

 「不合理だからうまくいく」(ダン・アリエリー著 櫻井祐子訳)に次のような記述があります。ネット上にあるスライドショーを引用したものです。

・一生のうちに浴槽で死亡する確率 ー 10,455分の1(安全性評議会調べ)
・地球が近くを通過する星の重力で太陽系から弾き出される確率 ー 2,300,000分の1(ミシガン大学調べ)
・イギリスの宝くじに当選する確率 ー 13,983,816分の1(イギリス宝くじ協会調べ)
・わたしたちがヒューストン・ダブルツリークラブに戻る確率 ー 上記のいずれよりも低い

 ホテルで酷い扱いを受けた宿泊客が「二度と行くか」という強い気持ちを表現したものですが,ちょっと奇妙に感じます。イギリスの宝くじには毎年当選者がいる筈ですが,地球は誕生から45億年経過してもまだ太陽系から弾き出されていません。なのに,宝くじの当選確率の方が低いというのはおかしいような気がしませんか。徐々に確率の低いものを例に出すという演出なのですが,順序が違うような感じがします。多分,この記述自体は間違っていないと思うのですが,なぜ奇妙に感じるのか考えて見ました。結論を言うと,数学的な「確率」の意味は明確ですが,日常会話での「確率」は曖昧に使われるにもかかわらず分かったような気になってしまうためではないかと思います。

 イギリスの宝くじの当選確率の意味は明確に思えます。それは1枚買った時の当選確率だと普通は考えます。しかし,2枚買えば,確率は2倍に増え,1400万枚買えば,ほぼ確実に当たります。年に1枚ずつ,2年間買った場合は,1-(13,999,999/14,000,000)^2 になります。1400万年間,1枚ずつ買った場合は前式の2乗が1400万乗になります。つまり,宝くじの当選確率と一言で言っても上記のように色んな場合があります。にもかかわらず,「1枚だけ買った場合の当選確率」だと大抵の人は考えます。それは暗黙の了解としかいえません。

 それでは,地球が弾き出される確率を考えている条件はどういうものでしょうか。今から1日後までに弾き出される確率でしょうか。それとも1年後でしょうか。あるいは,地球誕生後から現在までの45億年間で弾き出されたかもしれない確率でしょうか。天文学者の間では,暗黙の了解があるのかも知れませんが,一般人の私は暗黙の了解を知りません。だから,どういう意味か分からない筈なのです。にもかかわらず,何となく分かっているような気分になってしまいます。

 当たり前のことですが,「ある期間内の発生確率」は期間を決めなければ定まりません。ところが何となく,期間に無関係に決まる確率があるような誤解があると,「地球が弾き出される確率」と言われても違和感なく受け入れてしまうのではないでしょうか。宝くじの場合は連続的な期間ではなくて,離散的な回数になります。買う回数によって当選確率は変わりますが,一般的に当選確率といえば「1回買った時の当選確率」という暗黙の了解があります。それに対して期間の場合は,1時間,1日,1年といろいろ考えられますが,「地球が弾き出される確率」と聞いた時に,どの程度の期間を思い浮かべるでしょうか。意識すらしていないのではないでしょうか。

 私が「確率」という言葉を曖昧に使っているなと初めて自覚したのは,地震の発生確率を考えていたときでした。ご存じの様に,地震には65年周期説があり,関東大震災クラスの地震は65年に1回程度起こると言われます。これを「65年に1回の確率」と表現したりしていました。しかし,確率には単位は無いはずなので「変だな」と気づいたのが発端です。「65回に1回」なら確率ですが,「65年に1回」は確率ではなく,頻度に類するものです。あるいは、65年間に発生する回数の期待値は1回というべきです。当時の私は,この程度の違いも意識しておらず,混乱していました。

 では,地震の発生確率はどの程度の期間で考えているかというと決まりはありません。通常は,1年間で考える事が多い様です。ただし,地震は1年に2回以上発生することもありますので,年間発生回数nを確率変数とする確率分布p[n]を考える必要があります。正確に言うと,ある地点で1年間に関東大震災クラス以上の地震n回発生する確率p[n]を考える必要があります。これより,1年間に発生する地震の回数の期待値は,Σnp[n]となり,k年間の期待値なら,kΣnp[n] です。したがって,65年間に発生する回数の期待値が1回だとすると,1= 65Σnp[n]となります。これを満足するp[n]の分布は無数にありますが,大地震が年間2回以上発生することは希なので,n>2を無視すれば,p[1]=1/65となります。また,65年間に1回以上大地震が発生する確率は,1-p[0]^65 となります。p[0]=64/65なら,63%程度になります。

 ゴチャゴチャと書きましたが,サイコロの例で考えれば簡単です。サイコロを多数回振ると,平均して6回に1回1の目が出ます。この記述は頻度を表しています。この頻度を用いて,1回振った時に1の目が出る確率を1/6とします。この確率を用いて,6回振った場合に少なくとも1回1の目が出る確率は,1-(5/6)^6=0.66 となります。サイコロの出目の確率や宝くじの当選確率は,サイコロを1回振った場合や宝くじを1回買った場合に付いて考えている事は明白すぎて意識にも登らないかもしれません。一方,地球が弾き出される確率や地震発生確率になると,期間を考えなければならないと言うことが抜け落ちてしまうようです。

 「横綱白鳳は158㌔」と言えば,体重のことを言っていると想像が付きます。しかし,「私は5㌔」と言われても何のことだか分からないと思います。実は,私が毎週ジョギングをしている距離のことなのです。「地球が弾き出される確率」というのも,それと同じくらい説明不足で意味不明なのですが,別に違和感を感じることもなく受け入れてしまいがちです。

 ところで,地球が弾き出される確率2,300,000分の1なるものが,1年間の期間に付いてだとすると,45億年間弾き出されない確率は殆ど0になってしまいます。このことから,もっと長い期間に付いてだと思うのですが,どうなのでしょうか?