雨漏り

 時節柄、雨漏りの話をします。雨露を防ぐのは建築の基本的機能です。「住宅の品質確保の促進等に関する法律」においても,「構造耐力上主要な部分」と共に「雨水の浸水を防止する部分」は10年間の瑕疵担保責任を負うと定められています。大事なのです。しかし,わざわざ法律で規制しているのは,雨漏り事故が結構多い実態があるからでもあります。著名な建築家の凝ったデザインの建物では雨漏りの被害がしばしばあることはよく知られた事実ですし,私自身も2件ほど関わったことがあります。記憶に新しいところでは,昨年の北九州集中豪雨で建物の中に雨が降っている映像がネット上で流れていました。

 最近でもあるということは,昔は日常茶飯事だったわけで,私の子供の頃の家もそうでした。何軒もの家に住みましたが,複数の家で雨漏りがありました。その中でも前のエントリーで述べた恐怖の便所館の次に住んだ家の雨漏りは忘れがたい強烈な記憶となっています。

 普通雨漏りの光景といえば,ポタリポタリとしたたり落ちる水滴をピチャンピチャンとバケツで受けている様を思い浮かべる方が多いと思いますが,その家の雨漏りは別格でした。その状況を説明する前に,先ず,家そのものの説明をしましょう。

 その家はかなり大きく,そして解体寸前という古さの草葺き屋根の家でした。玄関は1間幅ほどの大きな板戸に小さな潜り戸が付いたものでした。ただでさえ重い板戸が古くなって建て付けが悪くなっていて,開け閉めには相当の力が必要でした。そのため,日中は開け放しで,就寝時に閉めるという使い方をしていました。

 南に面した玄関を入ると,広い三和土があります。コンクリートタタキではありません。本物の三和土です。見上げると大きな梁と藁葺き屋根の裏が見えます。三和土の広さは建物の三分の一を占める程あり,通路部分西側は物置スペースで二段になっています。玄関から右手につまり東側に上がると畳の間があり,まっすぐ北に進むと竈の跡がある台所の三和土に繋がっています。台所の三和土の先に裏口があり,外にでると,石炭で沸かす風呂がありました。一応屋根と目隠し程度の仕切りはありますが,吹きさらしです。冬の入浴は覚悟が必要です。

 一旦玄関の外に戻ると,左側(西)に昔の便所の跡らしきものが残っていて,物置として使われてます。既に便所は建物の中に移設されており,一々外に出る必要はありません。三和土から上がった間は8畳ほどの広さですが,ほとんど通路としてしか使えない空間です。昔はそこで食事をしていたのかも知れません。板の間の台所と繋がっているからです。

 8畳の間の東側にもう一つ10畳程度の部屋があり,その南側に4畳の部屋,更にその先に12畳程度の座敷があり,庭に面しています。座敷だけ天井が高いのですが,その他の部屋は頭をぶつけそうなほど低い天井です。その上が二階になっているからです。二階を歩くと,ギシギシという軋み音と共に塵が舞い降りてきます。

 二階へは,玄関横の8畳の間にある取り外しのできる階段を上がって行きます。上がったところは,物置ですが,その東側に部屋があります。部屋の周囲の天井は斜めになっていて,立って歩けません。いかにも屋根裏部屋という趣です。今風に言えばロフトでしょうか。

 さて,ながながとした説明をよんで退屈された方もいらっしゃると思いますが,これから説明する本題の雨漏りもこれほどの年季なればさもありなんと納得してもらうためです。では本題に入ります。この家は至る所で雨漏りをしていたのですが,特に酷い箇所がありました。4畳の通路みたいな部屋の西側に小さな部屋があり,そのまた南側に6畳程度の増築した板の間の部屋がありました。それが私の部屋でした。そこだけは片流れの瓦屋根です。

 その6畳の部屋と小さな部屋の境界が猛烈な雨漏り現場です。雨天時そこは滝に変貌します。誇張ではありません。外で降っている雨よりも激しく雨漏りします。バケツでは追いつかないので,ベビーバスで受けていました。雨漏りの原因は増築部分の屋根の形状にありました。古い藁葺き屋根が傾斜して下がって来た先に,棟高の高い部屋を増築したため,段違いの境界が谷間のようになっていました。工場のノコギリ型の屋根形状を思い浮かべてもらえばイメージが掴めるかと思います。谷間にめがけて屋根に降った雨が流れ込んでくるのですから,たまりません。当然の結果です。引っ越した当初はそれほど酷く有りませんでしたが,一気に建物の劣化が進んだように思います。寿命末期だったのでしょう。


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 ここで唐突に建築歴史の講釈。筑後地方では,「クド造り」という屋根形状の伝統的民家が有りました。クドとはカマドの意です。草葺き屋根の棟の平面形状がコの字型をしており,それがカマドの形状ににている為と言われています。その他にL字型,ロの字型などのバリエーションも有ります。コの字の内側部分などに瓦や板葺きの下屋が架かかります。台風の被害を受けにくいように棟高さを低くするため、あるいは,江戸時代の梁間規制の為等、諸説有ります。また,梁間が短く柱が多いので,有明海沿岸の超軟弱地盤の不等沈下対策にもなっているという説も有ります。ただ長所ばかりではなく,雨漏りの原因でもあります。草葺き屋根と下屋の取り合い部分が雨仕舞いの弱点になります。特にロの字型のじょうご造りでは雨漏りしないほうがおかしいとも言えます。

佐賀県:【博物館常設展】大展示室(民俗)
http://www.pref.saga.lg.jp/web/kankou/kb-bunka/kb-hakubutu/museum/_35937/_35948.html
18軒目 佐賀県 クド造り|*+むとうの家 建築絵日記+* - Ameba
http://ameblo.jp/mutonoie610/entry-11520127476.html?frm_src=thumb_module
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 クド造りでは草葺き屋根の下に位置すべき瓦屋根が,件の家では上になっていたのですから,雨漏り必至です。屋根形状が複雑になれば雨漏りするという建築の常識はここでも活きていたのでした。

 ところで,伝統的な家に似つかわしく有りませんが,私は生意気にもベッドを使っていました。これが良くありませんでした。ベッドは置きっぱなしですから,その上にも容赦なく雨漏れは降り注ぎます。布団はおねしょの跡のごとき惨状です。いやはや。

 古い家に住んでいた人ならば,「なんの,その程度の経験なら俺もある」と言うかも知れません。しかし,私の経験はそれだけに留まりません。そのうち,部屋の境界の鴨居が湿って腐って来ました。そしてある日気づくと立派なキノコが・・・。タンポポハウス,ニラハウスも真っ青の純正天然のキノコハウス。素敵でしょ。