便所の悪夢

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 水洗になってからの便所は快適な場所です。家庭でいる場所のない夫は便所がリラックスできる憩いの場所であったりするらしいとか。私はそこまでのことは無いけど,本を読んだりすることはあります。

 しかし,そうなったのはつい最近の事情に過ぎません。私の古い記憶に残る便所は災いを喚ぶ不吉な場所でした。あんな不潔なものが衣食住という生活をする家の中にあるというのは建築計画上明らかに不都合でした。当然,便所は離れにあってしかるべきものです。一応棟続きだとしても,縁側を歩いていったどん詰まりがその存在を許される唯一の場所だったのですよ。そして,縁側の軒先に手洗い用のタンクがぶら下がっているのでした。えーと,あれはなんていう名前なのでしょうかね。・・・調べてみたら「手水器」と言うのでした。名前だけでなく現物を知らない人は,下記のリンク先で確認するように。
http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=%E6%89%8B%E6%B0%B4%E6%A9%9F 

 子供の頃何度も引っ越したのですが,そのうちの1件は,縁側のどん詰まりから更に直角に縁側が伸びた先に便所がありました。離れを縁側で繋いだようなプランです。そんな風情溢れるクラシック家屋でしたが,あるとき,恐ろしい事態になってしまいます。どういう事情かくみ取りに来なくなったのです。

 となると,うんこは貯まる一方です。便所の環境も悪化し,床板が湿り気を帯びてぶよぶよしてきました。今にも床が抜けそうです。そんなことになったら一大事です。今でも不思議なのですが,家族はそんな状態をなぜ放っておいたのか分かりません。市役所の環境担当課は何をしていたのでしょうか。と,今なら考えますが,おおらかな時代だったのでしょう。

 その頃,便所だけでなく家の経済状況が悪くなっていたような気もします。大人はあまり家に居ず,仕事で外を走り回っていましたし,別に店舗があったのでそこでも用が足せたと言うこともあります。自宅の便所のことなんかさして気にならなかったのかも知れません。しかし,子供の私は実に困りました。学校か自宅にいることがほとんどですから,便所の惨状の影響は甚大でした。

 この事態はトラウマとなり,しばらくは夢にまで現れるようになりました。そのせいなのか,その頃の現実と夢の区別が定かではないところがあります。実はもっと幼いころの便所も自然の風情があり,時々,蛆が這い回っていた記憶があります。そう言う記憶と入り交じってしまっている可能性もあり,本当のところは良く判らなくなっています。幸いなことに,その状態が長く続いたわけではなく,間もなく引越して,問題は解決しました。ただ,その家では雨漏りという別の問題が発生するのですが,それは又の機会にします。

 赤瀬川源平氏のエッセイに「便湯」という奇っ怪なシロモノが登場するのがあります。氏の夢に出てくる便所とお風呂が合体したものです。ホテルのユニットバスの対極のような存在です。くみ取り便所とお風呂が合体した悪夢なのです。恐ろしいでしょう。私も似たような悪夢を見ます。湿って腐りかけた床板を踏んだ時の足裏のいやーな感じがまざまざと感じられるのですが,それは布団から足が飛び出していて冷えていたという実に即物的な原因が生み出したものであったりします。精神的なトラウマなんていっても私のはこの程度です。

「少年とオブジェ」より

 いまでは,そんな悪夢も殆ど見ません。水洗便所で快適な生活を送っています。世の中の一部では,古民家が持てはやされている様ですが,私は遠慮しておきます。多分,古民家といっても水回りは近代的に改装していると思うのですが,それ以外にも遠慮したい理由がいろいろあるからです。