「STAP細胞と特許」について

STAP細胞と特許 » 科学と生活のイーハトーヴ
 標記のブログを読みました。http://blog.ihatovo.com/archives/5526

 疑問に感じることも色々書いてありますが結論には同意です。結論を簡単に言ってしまえば,「出願済の特許明細書には,再現可能なSTAP細胞の作成方法は記載されていないだろう」という誰もが思っていることです。

 特許に関する専門的な見地から書いてあるように見えますが,疑問点を除けば極めて常識的なことを書いて有るだけではないでしょうか。平易な表現で内容を要約すると次に様になります。それに対する私のコメントを付記しています。

■「STAP細胞を作製するためのコツ」が、国際出願の特許明細書に記載されているものである場合

”出願済の特許明細書に記載されている「コツ」をあらためて説明(公表)したことで,みんな知っていることと見なされ特許が認められないことはない。”
 当たり前ですね。既に特許審査当局に出願している内容をあらためて説明したことで,出願時点でみんな知っていたことと見なされる筈がありません。

”その「コツ」を使わないと,STAP細胞を作製出来ないのなら,特許の範囲はその「コツ」に限定される。”

 これ逆じゃないかと思います。「コツ」を使わなければ出来ないのなら,別に限定する必要はないでしょう。出来ない方法で特許を取ることは出来ませんから。

 正しくは「明細書に「コツ」を記載すれば,特許の範囲はそれに限定される」でしょう。もし,その「コツ」を使わないで済むのなら,わざわざ「コツ」を記載して範囲を狭くしたりしないでしょう。逆に「コツ」を使わなければ出来ないのなら,必ず記載しなければなりません。なぜなら実現可能性のない特許は認められないからです。

”特許明細書は、誰でも実施できるように書いておく必要がある。特許権は,特許明細書に基づいて誰でも実施できる範囲にしか与えられない。”
 当たり前ですね。自分しか知らず,明細書にも記載のない「コツ」を用いたUFOの作製方法が特許になるとは思えません。しかし,権威ある専門家のお墨付きがあれば認められることがあります。この「お墨付き」が問題で,STAP細胞の件では論文の正しさが認められる必要があり,Natureに掲載されただけでは駄目です。当然,追試で確認もできず疑われている状況では問題外です。

”必須の「コツ」がある場合は,その「コツ」に限定しなければ,特許権が与えられない可能性がある” 

 出来ない方法まで含んだ特許権を認めても無意味ですが実害もありません。使えない特許が有っても誰も使わないだけですから。ただ,審査官が無意味なことをするとは思えませんから,特許権が与えられない可能性は高いでしょう。

  
”必須の「コツ」がある場合は,そのことを隠しておく必要があるのではないか、と思われた方もいらっしゃるかもしれない。”
 思いません。だって,特許明細書は、誰でも実施できるように書いておく必要があるのに,必須の「コツ」を隠したら誰でも実施できることになりません。

”ごまかして広い範囲で特許権を得ても、できない範囲のあることが誰かに示されてしまえば、特許は無効にされてしまうか、範囲を狭めなければならなくなるリスクがある。”

 明細書に記載されている「コツ」を使ったストレスを与える方法でなければSTAP細胞を作製できないのに,明細書に記載されておらず,STAP細胞作製も出来ない「コツ」も含む広い範囲で特許を認めるても,無意味ですが,実害は有りません。作製できる「コツ」でしか特許は使われないだけですから。

 実害があるのは,明細書に記載されていない別の「コツ」で作製出来る可能性があるのなら,それも含んだ広い範囲の特許を認めることでしょう。まだ発明されておらず,別の人が今後発明するかも知れない方法にまで特許を認めてしまうからです。ただ,「コツ」よりも「ストレスを与える方法」に新規性が有るのならば,認められる可能性が有ります。でも,どんなストレスでも良いのではなく,どのようなストレスをどのように与えるかについて多くの研究者が試行錯誤している状況では新規性が有るとは言えません。重要なのは,「コツ(どのようなストレスをどのように与えるか)」ですから。

■「STAP細胞を作製するためのコツ」が、既にされている国際出願の特許明細書に記載されているものでない場合
”「コツ」を公表することに慎重になっても不思議はない。”

 当たり前です。

”公表されていない「コツ」について、新しく別に特許の出願をすることを検討されていてもおかしくはない。”

 当たり前ですが,その「コツ」がSTAP細胞作成に必須ならば,既に出願されている特許が無価値という事になります。

”既に出願された特許や、公開された学術論文の内容から,「コツ」が容易に思いつけるものなら,進歩性を否定されるおそれもある。”

 当たり前です。重要な事は既に公開されている事になりますから,追試可能であらためて「コツ」を説明する必要も無いことになります。従って,今回の場合には当てはまりません。

”「コツ」が、画期的なものならば,進歩性があると主張することもできる。”

 当たり前ですが,既に出願されている特許が無価値という事になります。

”「コツ」が、STAP細胞作成に必須で,かつ出願済特許に記載されていない場合、その「コツ」の特許の出願を済ませるまでは公表を控える、という判断は特段段おかしくはない。”

 そうですが,既に出願されている特許や論文が無価値という事になります。

”小保方氏は,現在開発中の効率的作成方法の「コツ」は所属機関の知的財産に属し特許の関係もあるので公表できない,とコメントしている。このことから,公表できないという「コツ」とは、まだ公開されていない方法を意味している、と考えるのが自然ではないか。”

 不自然です。公表を求められているのは開発中の方法の「コツ」ではありません。開発済で出願された明細書と提出した論文に記載されている方法に関する「コツ」の説明が求められています。

”ただし、その前段落を読むと、これまで公表された方法で再現できないとは述べていないのがわかる。非常によく練られたコメントだと思う。”

 追試で再現できなかったので,これまで公表された方法以外の「コツ」があるのではないかと言われており,小保方氏も「コツ」が必要だと言っています。実質的に再現できないと言っているも同然です。

 
■実現可能性の審査

 学術的な論文は特許とは無関係に成立しますが,特許成立には論文が認められている必要がある場合があります。STAP細胞の作製方法はまさにこの場合です。「特許出願中の内容について論文公刊する企業も個人も研究所もありません。」と言う人もいますが,企業の特許は実用技術が多く,学術的な論文にならないからでしょう。学術的な論文と特許が絡む場合は面倒です。

 特許明細書は、誰でも実施できるように書いておく必要があり,特許権は,特許明細書に基づいて誰でも実施できる範囲にしか与えらません。となると実施できるという実現可能性の判断が必要になります。いわゆるちょっとしたアイデアによる発明では,実現可能性の判断は誰でもできます。また,定説となった科学の理論の応用による発明は素人には少し難しいかも知れませんが,不可能ではありません。基礎理論の理解は専門家でなければ難しくても,理論を前提とした上での応用であれば専門知識が無くても可能な場合も多いからです。難しい場合は信頼できる専門家に照会して確認すればよく,実際行われています。(ただその実態は結構いい加減)

 しかし,実現可能性が専門的,学術的に論争のある最新の理論や方法に関わっている場合は困った事態になります。果たしてその方法で実現出来るか否かは専門家ですら論争中なのですから。順序として,論文を提出し,それが専門家の間で認められて初めて,実現可能性のお墨付きが得られます。

 でも,特許出願前の論文を公表すると,誰かに先に特許出願されるおそれがあります。従って,順序として特許出願を先にする必要があります。結局,両方同時に行う事になります。正確には,盗まれないように特許出願を先に行い,その後,論文を出し,学術的に認められれば,実現性が保証され,特許も成立するという手順になります。現実には特許の審査官が学術的な確認をきちんと行っているか非常に疑問が有りますが。

 さて,小保方さんは学術的な論文の審査に必要な情報(「コツ」)を特許の関係で説明できないと言いました。一方,特許の実現可能性の審査には論文が認められる事が必要です。これではどちらも動きません。でも,この釈明は変です。「コツ」が出願した明細書に記載してあるなら,特許の先行権は確保できていますから,盗まれる心配はありません。説明出来るはずです。

 説明出来ないのは,出願した明細書に記載してないからでしょう。ということは,出願した明細書の実現可能性はないことになりますし,論文も肝心な記載がなく無価値と言うことになります。

 可能性を考えらると,出願特許や提出論文だけでは完結しておらず,必須の「コツ」を含む別の特許と論文が準備中という場合があります。この場合は,途中段階でSTAP細胞を作成できたという嘘の記者発表をしたことになり,それもまた大きな問題です。

■秘密にしなければならない「コツ」はないだろう

 推測ですが,秘密にしなければならない即ち特許で保護しなければならないような「コツ」があるとは思えません。それほど重要なものなら,真っ先に特許出願しているはずです。「コツ」があったとしても,曰く言い難い微妙な加減の類で,文章化できる作製手順の類ではないと思います。この種の「コツ」は小保方さんでなければできないものかもしれません。仮に本当だとしても科学にはなっておらず,論文にはできない段階と言わざるを得ません。本人が死んでも人類に受け継がれる財産でなければ科学とはいえません。客観的に文章や数式で記述できて科学的になります。