特許は科学者としての評価を落とす可能性がある

■アイデアを盗まれない為には,公表した方が良い

大槻義彦の叫び
小保方さんよ、今すぐ、STAP作成手順のすべてを公開しなさい、特許などどうでもいいのだ
http://29982998.blog.fc2.com/blog-entry-535.html

 大槻名誉教授は特許などどうでもいいからすべてを公開しなさいと言っていますが,アイデアを盗まれない為にも公開すべきでしょう。これだけの騒ぎの中で公開された内容は衆人の知るところとなり,新規性はゼロです。誰かが特許出願しても認められるとは思えませんからね。本当に公開するアイデアが有るのならですけど。

 特許には,先に出願した者に特許を付与する先願主義と先に発明した者に特許を付与する先発明主義があります。米国以外は先願主義を採用しています。*1先願主義の場合,特許出願前に論文にノウハウを書いて発表すると,誰かに先に特許出願される可能性があります。従って,特許出願を先にします。それさえしておけば,特許が認められるまで待たなくても論文を発表しても安心です。STAP細胞の作成方法も特許出願済みです。日本の場合,出願した内容は同じような特許が出願されるのを防ぐ為,公表されます。

 先発明主義なら,発明した時期の証明になるなら論文でもなんでも公表した方が良いのは言うまでも有りません。先願主義の場合でも,「特許を申請していないから,公表できない」ならわかりますが,「特許の申請中だから,STAP細胞の作成手順を公表出来ない」という理由は成り立ちません。

■保護したい事を特許にする

 ただ,特許では,細かい作成手順やコツのようなものは書かずに,新規性のあるアイデアを申請する場合があります。そうするのは,特許で保護したいのはアイデアであり,作成手順やコツはその必要が無いからです。酸で処理するというアイデアに新規性があり特許になるのなら,作り方の詳細やコツはむしろ限定しない方が良いのです。酸で処理していれば,作り方の詳細が違っていても,違うコツでも特許に抵触するからです。

製造も独占したいのなら,コツも秘密にしておくべきでしょうが,特許を生かすなら,公開して出来るだけ多くの製造者がいた方が良いに決まっています。

 もし,酸で処理する方法なぞはつまらないアイデアで,実は「コツ」の方が重要なアイデアならば,それを特許出願しなければなりません。もたもたしていたら,それこそ情報が漏れて誰かに先を越されるかも知れません。秘密にしておけば盗まれたときに権利を主張出来ません。いずれにせよ,特許出願中だから公表できないというのは意味不明です。

■特許と論文,どちらを先にすべきか

 特許では一応,新規なアイデアの実現性の審査をします。しかし,審査官は専門家ではないので自分では出来ません。STAP細胞がちゃんと出来ることを素人の審査官が判断出来ないことは言うまでもないことです。従って,特許の審査では「権威有る研究者の証明書」を求められたりします。

 「権威有る研究者の証明書」とは何でしょうか。常識的に考えると,特許の方法がその専門分野では確立された理論に基づいていたり,メカニズムや理論は不明でも,実現出来ることが専門家の間で共通理解になっているということを,その分野の権威が文書で示すことでしょう。定説として教科書に載っているようなものであれば良いかと思います。つまり,多くの場合実現方法は特に目新しい方法である必要はありません。特許のポイントは新規性のあるアイデアであって,実現方法ではありませんから。

 しかし,STAP細胞のような先端分野になると,実現方法も新しい方法ですから,「権威有る研究者の証明書」になる教科書は存在しません。ですので,論文が研究者の世界で認められたという評価しか有りません。

 いずれにせよ,専門家集団では認められた方法でなければなりませんから,特許に先立ち論文が存在しなければなりません。真面目に考えると,特許がとれるまで,論文などで公表出来ないというのは変な話なのです。
 
■特許の審査の主眼は先例がないことで,内容や実現性の審査はいい加減

 しかし,真面目に考える必要はありません。実際のところ実現性の審査などいい加減です。NECのUFOという特許があるそうです。強力な磁気エネルギーで円盤を飛ばすという特許で,火星まで11時間でいけるという途方もない発明です。さすがに審査官もこんなもの実現できるのかと思ったようで,「権威有る研究者の証明書」を求めたそうです。で,発明者は知り合いの学者の書いた「実現出来る」という証明書を提出したら,特許が認められたという次第。

 そんな馬鹿なと感じますが,特許審査の主眼は新規性で,同じような発明の先例が無いか,先願主義なら特許の先例がないかで,実現性は形式的に書類が整えば良いということでしょう。役所では珍しい事ではありません。

 実現方法だけでなく,特許の新規性という内容に関わることでも,先願主義の日本では結構いい加減です。私が知っている例は鹿島建設の「既存建物の耐震補強構法」が有ります。大ざっぱに言えば,既存建物の外側に新たな耐震架構を増設するものです。それだけのことです。この特許は2002年に認められています。

 既存建物の外側に新たな耐震架構を増設するなんてことは昔から行われていて,全く新規性などありませんが,なぜか特許は認められています。申請中に誰かが新規性がないと異議申し立てをしないと認められてしまうようなのです。こんなものが特許とは専門家は誰も思いませんから,他社も勝手に使います。そこで鹿島は「特許は我が社のものだ」と新聞広告を出しました。でもさすがに気が引けたのか「この特許権二件の取り扱いについては,広く実施権を許諾し,活用を図る所存でありますので,実施権の許諾を希望される会社は,左記弊社窓口に問い合わせていただきたく,謹んでお知らせ申し上げます。」と広告の最後に書いて有ります。要するに,「使用料は取らないから,挨拶だけはしとけよ」みたいななんだかよく分からない話です。

 他にも,ごく一般的で,建築の基礎的な教科書で説明されているような工法の特許が認められた事もあります。特許の審査官は建築の専門書は見ないのです。建築の専門家が異議申し立てしないといけないのですが,誰も気づかずに後からビックリしたと言うわけです。

 この種のものは,論文を書いても,専門家の世界では誰も評価しませんが,特許はとれる事もあります。特許と科学は別世界に属するもので,特許の為に論文の内容が制限される等と言うことは,科学よりも,営利追求を優先しているという事に他なりません。それは,それぞれの人生観ですから他人がとやかく言えませんが,科学者として評価されないのは仕方有りません。

STAP細胞特許とは

 さて,STAP細胞の場合は細胞そのもののアイデアではなくて,それを人工的に作成する方法が特許ですので,上記の耐震補強方法とは少し趣が違います。しかし,この場合でも,STAP細胞の作り方に新規性があれば,細かい作成方法やコツは特許出願には書く必要はありません。むしろ書かない方が,特許範囲が広くなり良いわけです。実際に,STAP細胞の特許の請求事項は「細胞をストレスにさらすことを備える多能性細胞生成方法」と極めて一般的で広くなっています。しかし,これは広すぎて認められないだろうと言われています。既に同じような特許出願が東北大学の出澤真里教授によりなされているからです。

 それでも「酸で処理する」というアイデアに限定すれは,認められる可能性はあるそうです。その場合,作成方法の詳細やコツは特許出願には書く必要がないことは前述のとおりです。それだと,他者には再現出来ない事になり,実現性も怪しくなりますが,そのあたりについて特許はいい加減なことも前述のとおりです。

■曰く言い難い「コツ」の場合

 もう一つの可能性としてコツが言葉では説明出来ない暗黙知の場合が有ります。以前のエントリーで触れた「ひよこの雌雄鑑別法」や「敵機と味方機の判別法」の類です。この場合は,特許は無理ですが,誰も真似出来ませんから特許の必要もありません。客観性もないので論文としての価値も有りません。

 それでも,メカニズムは不明でも,本当のことなら実用化は可能で商売にもなります。ひよこの鑑別法は国際的な産業になっています。同様に小保方法のコツを伝習するトレーニングが確立されれば,STAP細胞製造産業を興すことも不可能とは言えません。科学者として評価されなくても,余人の追従を許さない技能を持つ職人として世の中に役に立つ事は出来ます。

 ただ,この種の特定の人間しか習得していないコツが本物かどうかの確認には注意が必要です。超能力者の確認のようなもので,科学者も詐欺師にコロッと騙されたりするからです。1つの判別法としては,インチキなら結局,多くの場合,実用にはならず,超能力ショーというエンターティメントにしかならないという事が有ります。しかし,医療の場合はプラセボ効果という問題があり,インチキが「実用化」してしまうという問題が有ります。心霊手術,手かざし療法の類です。STAP細胞も医療分野への応用が期待され,しかも小保方ファン(信者)も少なからず発生していますので,変な想像をしてしまいます。


■特許が科学者の評価に及ぼす影響

 特許を優先すれば,科学者としての評価が下がるという実例があります。有名な,HIV検査法のモンタニエとギャロの争いです。

 ギャロがモンタニエの発見を盗み,特許を取ったというような説明をされる事が有りますが,そんな単純な話ではないようです。科学の研究は一人で出来るものではなく,研究者間の情報交換で切磋琢磨して進むものです。HIVの研究においては,モンタニエもギャロも大きな貢献をし互いに情報交換も行っていました。科学の研究の世界では上手く事が進んでいたのです。ところが,ギャロが特許を出願し,更に米国と仏国の利権争いが絡み,特許の世界の争いになってしまったわけです。別にギャロは悪意で発見を盗んだわけでもなく,両者がHIVの発見者と決着しています。モンタニエとギャロの両者にノーベル賞が与えられてもおかしくない筈ですが,ギャロにはノーベル賞は与えられませんでした。特許が影響していると考えざるを得ません。

*1:2011年9月に先願制度への変更を含む法改正が行われているが,他国の先願主義と少し異なる。