公共建築工事標準仕様書の二転三転

前エントリーから続く

■公共建築工事標準仕様書は告示を尊重

 建築学会のJASS 5は実際の工事で使用されることは少ない。最も良く使われるのは国の各省庁の統一基準である「公共建築工事標準仕様書」(以下「公共建築仕様書」という)である。公共建築仕様書は平成19年版まで,材齢28日の現場水中養生供試体の規定のみしかなかった。この時点では告示より厳しくしていたことになる。

 公共建築仕様書が現場封かん養生供試体を加えて,告示に近い形になったのは平成22年からである。ところが,ちょっとした混乱が有った。JASS 5の規定と同じように例の主旨不明の告示の規定が抜けていたのである。この時点では,告示より緩くなってしまった。JASS 5では,告示の規定を意図的に削除していたのだが,公共建築仕様書は単純に見落としていただけのようである。というのも,2010/12/9に正誤表が出され,「材齢28日の現場封かん養生供試体が設計基準強度の0.7倍」が追加されたからだ。

 これで告示と同じになったかというと,実はまだ違っていた。告示では,一と二のいずれかを満足すれば良いのだが,公共建築仕様書では一を満足しない場合には,二を満足することとなっていた。つまり,一を先ず実施せよと読めるような表現になっていた。とはいえ,一を実施せずに不合格と判断しても実質的に何の問題もないはずである。ところが,保険を求めて工事監理者(監督員)は施工者に一と二の両方の供試体を必ず準備させることが多かった。つまり,28日現場水中養生供試体,28日現場封かん養生供試体,91日現場封かん養生供試体の三種類を用意しなければならなかった。19年版の3倍である。またまた,告示より厳しくなったのであった。

 現実問題として,供試体の種類が増えれば現場の負担も増える。そのため,25年版では,JASS 5と同じにように告示より緩く改定された。しかし告示は尊重しなければならないので,改定の根拠となる調査も実施していた。告示には,「特別な調査又は研究の結果に基づき構造耐力上支障がないと認められる場合はこの限りではない。」というただし書きがあり,それに基づく調査であった。その調査の概要は,仕様書の解説書である「建築工事監理指針」に説明してある。国交省で実施した工事で,材齢28日の現場水中養生供試体と現場封かん養生供試体の強度の比較を行い,現場封かん養生供試体の強度と現場水中養生供試体の強度の関係を求めたのであった。この関係より,現場水中養生供試体の試験を行っていれば,現場封かん養生供試体の試験の代用となる。かくして,「材齢28日の現場封かん養生供試体が設計基準強度の0.7倍」も不要としたのである。

 その場合は現場水中養生供試体が満足すべき強度の規定が必要となる。ところが仕様書にはその定めはなかった。更に,上記の調査は普通ポルトランドセメント使用のコンクリートに付いてであって,それ以外のセメントでは行っていなかった。このため,25年版の改定の後,つい最近の26年3月になって,公共建築仕様書は以下のようにまたまた改定された。

1.普通ポルトランドセメントの場合は,先ず28日の現場水中養生供試体の試験を行い,設計基準強度以上であれば合格。不合格であれば,(現場水中養生供試体の試験結果から推定される28日現場封かん養生供試体強度が設計基準強度の0.7倍以上と推定され,かつ)91日の現場封かん養生供試体強度が設計基準強度以上であるれば合格。
2.普通ポルトランドセメント以外の場合は告示通りとする。

 なお,上記1.のカッコ内の定めは相変わらず明記されていない。調査によると,材齢28日では,現場封かん養生供試体の強度は水中養生供試体の0.82倍程度なので,現場封かん養生供試体強度が設計基準強度の0.7倍以上であると推定出来るためには,現場水中養生供試体強度は設計基準強度の0.85倍(0.7/0.82)以上である必要がある。しかし,仕様書には何も書かれていない。それはともかく,普通ポルトランドセメントの場合だけでも,材齢28日の現場封かん養生供試体が不要になったので,供試体の種類は25年版当初よりは増えたが、22年版よりは減った。


■無駄な調査
 さて,二転三転して混乱するが,落ち着いて考えて見よう。供試体の種類を減らす目的であれば,このような調査は不要である。普通ポルトランドセメントの場合に必要な供試体の種類を以下に比較してみる。

○告示
 現水28日の1種類,
 又は現封28日と91日の2種類

○H22仕様書
 現水28日,現封28日,91日の3種類

○当初H25仕様書,JASS 5
現水28日の1種類,
 又は現封91日の1種類

○H25仕様書のH26修正
 現水28日の1種類,
 又は現水28日と現封91日の2種類

 H22仕様書の3種類を最終的に2種類に減らしている。しかし,告示は3種類も要求していない。2種類なのである。勝手に告示以上のことを行い、それを減らすために告示のただし書き使っているのである。最初から,告示通りなら但し書きを使うことなく二種類で済む。何をしているのかよく分からない。

 さらに、調査を行うなら,材齢28日の現場水中養生供試体と材齢28日のの現場封かん養生供試体強度の比較ではなく,材齢28日と材齢91日の現場封かん養生供試体強度の比較を行えば良かったのである。そうすれば,「現水28日の1種類,又は現封91日の1種類」とJASS 5と同じに出来たのである。しかも,材齢28日と91日の強度の関係に付いては調査を行うまでもなく分かっている。前述したようにJASS5の解説に「材齢91日で設計基準強度を満足するコンクリートにあっては,材齢28日で設計基準強度の0.7倍を満足しないという確率は極めて低いことが知られている」と書いてあるのだ。もちろん普通ポルトランドセメントの場合に限られるが,既に材齢による強度変化は十分に調べられているのだ。

■ただし書きの使い方

 以上述べたことと別に,公共建築仕様書における告示ただし書きの使い方には違和感を感じる。ただし書きとは,規定を満足しなくともよい例外を認めるものである。当該建物に限り,原則の規定を満足しなくてもよいと認めるに過ぎないものである。通常は,原則の規定を満足しないと構造耐力上支障があるが,構造耐力上支障がないことを確認すれば、満足しなくてもよいということである。

 ところが,公共建築仕様書は,一般的に(普通ポルトランドセメントには限定されるが)直接確認しなくても規定を満足するということを示めしている。その建築物だけでなく,一般的に他の建築物も満足すると言っているのである。つまり,告示の規定に無駄があると言っていることになる。ただし書きの適用で対応するような事柄ではないように感じる。

 奇妙なただし書きの使い方だが,実際上このような使い方しか出来ない。なぜなら,0.7倍の規定を満足しないとどのような支障があるのか分からないからだ。支障が明確になっていれば,例外的に規定を満足しなくても支障が生じない場合もあると示すことができる。しかし,何が支障なのか分からない以上,支障はないと示すことは出来ない。

 出来ることは「満足する」と言うことだけだ。それを示すしか方法はない。そしてそれは,告示にイミフで無駄な規定があることを露わにする。告示に無駄な規定が有ることを告示を尊重しながら示すという奇妙なことになる。告示を無視したいが尊重もするという相反することを行おうとしたのが,公共建築仕様書が二転三転した原因では無いだろうか。JASS 5の様に,告示をあっさり無視できない事情があるのかも知れないが,仕様書を使う側も振り回されて大変だ。元の告示改正を望む。