称賛と罵倒の受け口としてのオリンピック選手

伊藤みきバッシングと千葉すず発言
 ごく一部のかなり極端な連中から,モーグル伊藤みきが酷いバッシングを受けています。

【五輪】「税金泥棒!」選手を罵倒するメダルキチガイ
http://togetter.com/li/627504

 全く酷いものですが,「メダルキチガイ」とはかつて千葉すずが言ったらしいです。

「そんなにメダルというなら自分でやればいいじゃないか」「日本の人はメダル気違いだ」

 選手自身は,楽しみで競技している人も,メダル気違いみたいな人もいると思いますが,ここで言われているのは選手にとって迷惑な周囲のメダル気違いです。

■不満解消装置としてのオリンピック
 サッカーや高校野球などで顕著ですが,スポーツは周囲が熱いです。自分自身は何もしないファンがヒーローを祭り上げて盛り上がります。ヒーローに自分自身を投影して達成感や満足感を味わえます。これ自体は別に悪いことではなく,国威発揚などに利用している国もあります。国威発揚とまでは行かなくても,スポーツ振興に利用するということは日本でも行っているわけで,だからこそ税金が投入されているのだと思います。つまり,税金投入は選手個人の楽しみの為ではなく,何らかの国益になるという判断があるからでしょう。穿った見方をすれば,国政への不満をそらすような意図も無いとも言えません。当局の関与はともかく,勝手に不満解消に使っている人は多いはずです。ややこしい言い方をしましたが娯楽ということです。ただ,娯楽の楽しみ方にも礼儀と節度は必要です。

■二つの成績不振の責任の取らされ方
 いろいろ是非は有るでしょうが,税金は選手の為でなく,国民のために使っているのは確かですから,選手に国民が期待するのも当然といえば当然です。だた,その期待が裏切られた時の苦情は何処まで言え,誰に対して言えるのかという問題があると思います。

 普通の職業でも「給料泥棒」という言葉が有ります。仕事の成績が悪ければ,上司から叱責を受けたり,場合によっては減給もあり得ます。しかし,クビになるのはめったにありません。違法行為や背信行為があれば別ですが,成績不振でクビは多分労働基準法違反かと思います。

 それに対して,プロスポーツは厳しい世界です。成績不振で,契約が切れればクビの可能性大です。オリンピック選手はプロでは有りませんが,似たような状況にあります。実績が無ければ税金を使える強化選手にはなれません。一般の会社でいえば,契約社員のような立場に近いと思います。

■筋とは違う苦情受け口
 筋を言えば,成績不振の責任は選考した側が大きいでしょう。一般の会社でも,無能な社員を採用した人事担当の問題は大きいです。それでも,入社後の努力や態度で能力は変化しますから,社員本人の責任も有ります。ところが,選手選考はオリンピック直前に行われますから,殆ど選考側の責任ですし,一般の会社の無気力社員のような選手はまずいないでしょう。

 「一生懸命やったから良いというものではなく,結果がすべてだ。」という叱責は,クビに出来ないから言っているのですね。つまり,今後も使わなければならないから,次は結果を出せと激励しているわけです。スポーツの場合は,結果が伴わなければクビ(次の契約あるいは選考が厳しくなる)になるだけという厳しさです。

 スポーツファンは無慈悲なもので,このようなクビになる可能性のある選手にまで,ボケだのカスだの税金泥棒とまで罵ります。これは次は頑張ってくれという激励ではありません。ヒーローは持ち上げますが,期待を裏切ったヒーローには冷たいものです。なんとも見苦しい状態ですが,もし,国政への不満をそらすような意図でもってオリンピックが利用されているとしたら,仕方ないことかもしれません。結果で不満をそらせなかったのですから,せめて選手を罵倒することで不満を発散してもらうしか有りませんから。

 このように書くと,酷い話の様ですが,芸能界では普通のことです。夢を売る芸能人は夢が売れなかった場合の苦情受け口の役割も担わされています。いわゆる有名税としてゴシップやスキャンダルも甘受せざるを得ません。仕事上の演技と私生活が渾然一体となっているというか,私生活がないというかそんな世界です。選手も芸能人並みです。

■本来の責任者である選考側の判断
 さて,伊藤みきへのバッシングは,膝の怪我が有ったにも拘わらず,選考されたということですから,本人に言うのは筋違いです。選考側を批判するのが筋です。選手が「私より,あの人の方がふさわしい」と謙虚なことを言うようでは,スポーツ選手として闘争心が足りないというかやる気あるのかねと疑問になります。オーディションで合格して辞退する芸能人みたいなものです。選手本人は選考されれば喜んで受けます。高橋大輔だって受けました。しかし,国政への不満をスポーツで晴らすような極端な連中にはそんな区別は関係有りません。とにかく誰でも良いから罵倒しなければ不満はたまるばかりですから。

 選考側の判断に付いては,なんとも言えません。確かに,伊藤みきは殆ど期待出来ないと私も思いました。仮に一人だけしか出場枠が無かったら選ばれなかったのではないでしょうか。でも,4人選べるのですね。今回,上村以外の二人は入賞出来ませんでした。多分,その二人より下位の選手を伊藤の代わりに選んでも結果はあまり期待出来なかったのではないでしょうか。それに対して伊藤は怪我はしているものの実績があり,ひょっとしたらという期待があったのではないでしょうか。ですから,全くの間違いだとは言えないと思います。

 さらに,不満解消装置として考えれば,むしろ正解だったという皮肉な見方も出来ます。上述のように,伊藤と第5の選手を比べれば,伊藤の方がメダルの可能性は高そうですし,現実の結果のようになっても,国政への不満をそらせる罵倒の対象を提供出来たのですから。しかし,伊藤本人の事を思えば怪我の治療に専念させた方が良かったと思います。後のないベテランなら選手生命を賭ける選択もあったかもしれませんが,まだ若いのですから。

 
■メジャースポーツになるということ
 オリンピックはある程度,国民の不満発散装置として利用されている面をどうしても感じますね。特に,歴史のある競技で,普段は一般人が殆ど興味を示さない競技ではそんな感じがします。その競技のルールもよく知らないのに,熱くなれるというのは何故なのかです。熱くなるように仕向けられているような気分になります。オリンピックは,選手だけでなく観客も熱くなれるお祭り,即ち憂さ晴らしです。お祭りは非日常だから年に1回程度しか行いませんが,国際的なお祭りなので4年に1回なのかと思います。

 国民全体が一体となるお祭りなのですが,冬期の場合,少し異質なものが混じっています。比較的新しいスポーツ,例えばスノボやフリースキーです。これらの競技では,自分たちだけでお祭りを楽しんでいるような雰囲気があります。その光景は,憂さ晴らししたい国民からみると自分たちだけで遊んでいてけしからんと映るようです。それでも,メダルでも取ってくれれば憂さ晴らしになるのですが,それすらもないとなると,「大きな口を叩いて,遊んでいるだけ」とバッシングされます。以前の冬のオリンピックでもそういう事がありました。

 ただ,この雰囲気は伝統的な競技にも伝染していて,「楽しみたい」という選手が増えていますが,「楽しむように努力したい」という奇妙な印象を受ける事があります。その一方で,新しい競技も段々古くなりますから,国民の不満解消の役割を徐々に引き受け初めているようにも見えます。スポーツは見るよりも行う方が圧倒的に楽しいに決まっています。しかし,オリンピックは選手にスポーツを行う楽しみを提供する場ではなく,自らはスポーツをしない観客に見せる場です。そう言う面ではプロスポーツとなんら変わりません。メジャーになるとはそう言うことかと思います。
  


(補足)
 税金泥棒と言われるほど税金投入があるのかについてはよく分かりません。以下に多少の数字が出ています。

結果不振選手批判はブラック企業の論理 
http://www.nikkansports.com/sochi2014/column/tamesue/news/p-sochi-tp0-20140212-1256454.html

 12年ロンドン五輪では、ドイツが270億円強、米国165億円、韓国150億に対し、日本は27億円という試算がある。

 ただ,これは強化費であって,それ以外にも国費は投入されていて総額では100億円程度になるようです。でも,選手個人に渡されるのは,そのまた一部らしい。
オリンピック派遣費(選手以外の役員も含む)はトリノの場合で1億円程度。

「国費を使って思い出づくりはけしからん!」→実際、五輪選手にいくら出てるの?
http://hokensc.jp/blog/olympic/

【2月13日 追記】

五輪に出場可能なFISポイントを満たす選手は4人だけだったらしい。
伊藤が辞退しても,代わりの選手はいなかった。