分母が足りないー総合コスト縮減率(2)

分母が足りないー総合コスト縮減率(1)の続き
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20130822/1377204246

5. なんでこんな事になったのか
 さて,何故このような奇妙な計算式になっているのでしょうか。私が思うには,数値目標を達成するために,数字遊びに陥って了ったのではないかと。最初は建設費だけの縮減率でした。当然,縮減は年を追って困難になります。コスト縮減の中期計画において,対前年度比の縮減率とするのではなく,固定した基準年に対する縮減率とし,1年目は3%,2年目は6%,3年目は9%という設定をしたのです。ほぼ直線的な縮減目標です。これをそのまま延長すれば,10年で30%,33年で99%の縮減という非現実的な数字になってしまいます。実際にH9からの3年でほぼ限界に達したのです。

 そのため,縮減出来る事が他にないかと探し,維持管理費に目を付けたのでは。確かに,範囲を維持管理費まで広げれば,縮減額は増えます。しかし,縮減率が増えるとは限りません。減る可能性も十分有ります。分子の縮減額以上に分母が増えるかもしれないからです。

 そこで,考え出されたのが分母を余り増やさないようにした奇妙な計算式というわけです。数値目標というノルマを課せられ,苦悩の末に生み出されたようです。数値目標というのは,数字遊びに追い込むおそれがあるので,考えものです。

6. 実態と乖離した数値
 コスト縮減の成果を見ると華々しいものがあります。H9〜H11の3年間で約10%縮減,H12〜H14では13.6%,H15〜H19では14.6%,H20〜H25はまだ結果が出ていませんが目標は15%です。これを信じると,H8年に比べて,H25では,0.9× 0.864× 0.856× 0.85=0.57 となります。素晴らしいでしょう。ところが,例えば公共建築の予算要求用の単価というものがあって,それを見ると,殆ど変化は無いのです。土木工事の実態は知りませんが,似たようなものではないでしょうか。

 この様な素晴らしい数値を出すからくりはいろいろ有りますが,大きい要因は,ほぼ3年ぐらい毎に,新計画に移行し,基準年が変わって来ると言う点です。第1次計画の最終年度H11のコストと第2次計画の基準コストは同じものと普通考えるでしょう。どちらもH11年度ですから。しかし,実態はそのような連続性の確認はされていません。新計画は前計画とは独立に作られているのです。新計画の基準コストは,全計画の基準コストに,つまり振り出しに戻っているかも知れないのです。

 また,具体的計算において基準年のコストは個別の工事毎に設定するしか有りません。なぜなら,工事内容は個別に全部違うからです。H11に実施する工事と全く同じ工事がH8に行われているわけがありませんから,H8時点ならどの程度の工事費になるか逆に想定するのです。基準のコストが先ずあって,それを縮減するのではなくて,縮減されたコストが先にあって,基準のコストを後から想定するのです。この想定は,コスト縮減を求められている個別の担当者が行い,第三者の審査は有りません。基準も自分で決める自己評価みたいなものです。コストを縮減するよりも,基準のコストを甘めに設定するほうが簡単で有ることは言うまでもありません。

 予算単価や実績単価の年次変化を見れば殆ど変化していないことからも,新計画の基準年度コストは,全計画の基準年コストに戻っている可能性が高いと思います。

 建設工事は技術革新のめざましいICT産業とは異なり,10年一日です。本当に17年間で57%に縮減出来たのなら,縮減項目が次々に新しい内容が加わっているはずです。が,実際は,殆ど変わっていません。例えば,建築分野のコスト縮減というのは,実はスペックダウンや,面積減が多くあり,本来の意味のコストダウンではありません。性能を落としているだけなのです。こういうことはほぼ3年で限界に達しますので,ご破算にしてやり直す必要があるのです。公共工事で57%削減できるなら,競争の激しい民間工事ではもっと削減出来ているでしょうが,そのような事実はありません。

 この数字遊びには,多大な労力を要します。各地方局の工事実施部門は,1件の工事毎に,基準年のコストを想定するという作業が必要です。本省の施策部門では,それを集計し,報告書をまとめ無ければなりません。これを止めれば随分とコスト縮減になります。

7. 目指していたのは何か
 大抵の場合,経費節減を行う目的は,出費の絶対額を減らす事です。本来のコスト縮減は,スペックダウンではなくて,性能は維持したまま,コストを下げることであると前述しましたが,一般的な経費縮減は,スペックダウンを伴います。緊縮家計で食費を切り詰めるというのは,摂取カロリーが減るなどの影響が出ます。食事の質を落とさずに食費を下げる工夫も有り得ますが,たいていの場合,質に影響が出ても,食費を減らさなければならない差し迫った理由が有るものです。

 同様に国の財政は逼迫しており,国交省のコスト縮減も支出額を減らす事が目的だろうと,大方の人は思うでしょう。しかし,国交省もそう考えているとは限りません。支出額を減らすのが目的ではないと考える理由を以下に示します。

 国交省の目的は,支出額を積極的に減らす事ではなくて,外圧によって減らさざるを得なくなった支出で,出来るだけ多くの事業を行う事のようです。実は,亀井静香氏が大臣だったときにそれらしき発言をしていたような記憶があります。「コスト縮減で減らした財源は他の必要な事業に回す。予算は減らさない」という旨の発言でしたが,手元に記録が残っていません。

 もう一つは,便益増大の効果をコスト縮減に換算して組み入れたことです。この場合は,便益は増えていますが,コストは下がっていません。つまり,同じコストでより多くの事業を行う(多くの便益を産み出す)事も認めていることになります。便益は今まで通りでよいから,コストを下げようという話にはならないのです。

 そして,支出額を減らす事が目的なら,縮減額や縮減率は支出の決算額を見れば分かります。基準年H8の決算額は厳然として存在し,それからどれだけ減ったかを示せばよいのあって,わざわざ基準年のコストを想定して計算をする必要はありません。しかし,国交省のコスト縮減は,H12に実施した事業と同じものを基準年H8に行ったならどれだけの費用が必要だったのかを想定計算して,基準値とするものです。別にH12の決算額がH8決算額と比べて減らなくても構いません。想定したH8費用から減れば良いのです。

8. 数字遊びを誘因する数値目標
 この国交省の考え方(と私が想像するもの)の是非は別の議論です。財務省なら支出を減らさなくては意味がないというでしょうが,事業実施官庁なら,同じ予算でより多くの効果を求めるのは自然です。事業実施官庁が自ら予算を減らして下さいなどと言うのは,やる気がないとも受け取れる気味が悪い状況です。それぞれの立場で主張を闘わして,最終的には国会で予算は決まります。

 問題が多いのは,基準値を後から想定するというやり方です。これに数値目標が組み合わさると,コストを下げる努力ではなくて,基準値の方を水増しする数字遊びに陥りやすくなります。その方が楽ですから。