不公平を内在する原発(1)

経緯
 私が反原発になったのは、四半世紀ほど前です。原子力関係の方と仕事をする機会があり,いろいろ教わったり,自分で調べた結果です。建築が専門なので、原発の耐震性は極めて高いことを実感しました。地震時には原発に避難するのが最も安全と当時から言われていましたが、その通りだと思いましたし、今もそうです。
 ただ,廃棄物処理廃炉の問題が未解決であることと,規模が大きすぎて,確率的被害の期待値(リスク)は小さくても、一旦、事故になった場合の被害(ハザード)が大きすぎて許容出来かねると考えるようになりました。その考えは福島第1原発の事故で実証されたように思います。また,巨大技術のため,その全貌を理解している人間がいないという不安も感じました。(*1)それは最近のICT技術も同様ですが,ICTの場合は,トラブルは頻繁に発生しても,全世界のネットが一斉にストップするというような事態は起こりにくいです。それがインターネット開発の目的でもあったわけです。それに比べて,原発は多重性などの安全措置はあるものの,それぞれが異なる役割を持つ部分を密接に組み合わせた1つの巨大システムです。管理者が必要ですが,このようなシステムを管理出来る大きさには限界があるのではないかと疑問を感じたのでした。
 そして,原発の一番大きな問題として、被害を一地域に押し付ける不公平さがあります。その被害が現実化してもなお、不公平さは続きます。がれき処理にしろ何にしろ、被害は一箇所に閉じ込めて、自分たちが被らないように多くの人々が行動しています。このような行動は原発を支持する考えと同じであり,確かに首尾一貫しています。


架空の町の工場誘致 
人口1万人のある町には,小規模な町工場が多数分散して立地している。安全管理も適当で,平均すると,毎年,どこかの工場で事故が発生し,200人ほどの近隣住民の避難騒ぎになる。なんとかせねばと,すべての工場を集約した1つの巨大工場に改善することにした。高度な安全管理で,事故の期待値は100年に1回程度に出来た。ただし,一旦事故が発生すると,1万人の住民全員が町外の避難しなければならなくなってしまった。それでも,避難者数の期待値は,年間200人から100人へと随分安全になった。ん?

 この話の巨大工場が原発のアナロジーであることは説明するまでもありませんが,おそらく多くの人が,被害の期待値を小さくすることよりも,破綻的な被害を避ける方を選ぶのではないでしょうか。いわゆる危険分散の考え方です。許容出来る被害には限度があり,それを超える可能性があるならば,その危険のピークを崩して,小さな危険にして分散した方が望ましいという考え方です。たとえ,分散によって,確率的な被害の期待値が大きくなっても,破綻的な被害を避けたいと考えるのは普通だと思います。ただ、イチかバチかの冒険好きな人もいるので、どちらが正しいという話ではありません。どちらを支持する人が多いかということだと思います。
 

人は,確率的期待値だけで判断しない
危険分散の良い例が保険です。保険は確率的には損をします。貯蓄ではないので,受け取る保険金の期待値は支払った保険料より少なくなります。そうしないと,手数料などまかなえず,成立しません。損をする可能性の高い保険に加入するのは,万が一の破綻的被害を避ける為です。交通事故で人身事故を起こせば,高額の賠償金を支払わなければならず,破産という事態に至りかねません。それを避ける為に,大抵の人は任意保険に加入しています。
 賠償金1億円という出費のピークを崩して,毎年数万円という保険料に分配するのが保険の考え方ですが,個人的に事故に備えて積み立てる方法もあります。しかし,1億円を50年で積み立てるとしても,毎年200万円ですから,とうてい無理ですし,積み立て初年度に事故を起こす可能性もあります。そこで,時間的な危険分散の代わりに,大勢の人に分散するのが保険です。同時期の人々の助け合いで、年金などと同じです。一人の人が一生涯の1億円の賠償金を支払うような事態になる可能性は1回もありません。なので,積み立て方式では50年ではなく,5000年でよいのですが,人間はそんなに長生き出来ません。しかし,保険では加入者を増やせば良く,5000人以上の加入者あれば年2万円の保険料に分散可能です。
 
保険が不要な場合
 もし,万が一の場合でも支払い可能な経済力があれば,保険は不要です。実際に,国の公用車は任意保険には加入していません。国ともなれば,事故を起こしても賠償金を支払えますし,その方が,保険料を払うよりも得だからです。保険への加入の判断は,大損害に耐えうるだけの経済力があるかどうかに関わっています。このあたりのことは,「ギャンブルは金持ちが有利」と同じ理屈です。
 同じことが,保険金を支払う側の保険会社にも言えます。例えば地震保険は最近まで存在しませんでした。地震被害は一時に集中して発生するので,民間保険会社の規模では,保険金支払い不能の事態になるからです。地震保険を可能にするには,保険会社の規模つまり助け合いの人数を増やす必要がありますが,政府の支援によって,多くの会社の連携させ可能になりました。だから,地震保険料は会社によらず一律です。

(*1)babelapさんのご指摘で文章を修正しました。(7/20)