ムンダ島

 翌朝未だ薄暗い頃、吾々が通過してきた道を人の来る気配がした。皆警戒し早い者は銃を手にしている。が日本語で話し合っている様子に一応安心する。歩兵一分隊10名位が皆一様に雨外被を着け鉄棒を被り、これも銃を両手で構えてきた。
 T崎隊長が「どちらから来た」と訊く。「何分敵さん仰山居って吾々ではどうにもなりませんたい」「一応後方へ退がれということで後退しているところです」と答える。
 「我々も早く出発しないと敵さんがくるぞ」ということで出発準備を急ぐ。それより亦砲を担いで川下へ向かう。丁度その頃命令受領作戦会議から帰ってきた中隊長がS木支隊長の言を伝えた。「山砲は犠牲者が少ない。現在地点(ジャングル内の人一人通れるくらいの細道)に山砲を組み立てて敵を待ち伏せ撃ち込んでみよ。何発か撃ち込んだ後、後退船着場迄来て中退に合流すること」と。私はこの案に反対した。ジャングルの細い道で、距離も射撃方角も僅かな場所に山砲を備えて撃つことはとても無理。
 亦その後砲を捨てて中隊の処まで逃げてこいというのも無茶。小さい砲や自動小銃のようなものなら敵と対抗も出来るが、その後砲を捨てて走るということは納得できない。反って物笑いになると言って反対した。意見が通り中隊長も「そうだよな」と言ってくれる。中止。撃ち合いとなったら最後まで撃ち合うことが本当だと思う。
 亦砲を担ぎ川下へ川下へと下る。途中歩兵が10人程引退ってくる。T崎隊長が「どうした」と聞く。「敵がこの先へ近廻りしジャングルに待ち伏せており、先へは行けません」と10人とも皆同じ言葉だ。
 山砲、歩兵の将校集合、合議の結果、この川を向こう岸へ渡り川下の方で何とか船を呼び寄せて渡川することに決定した。
 歩兵は斧で直径1米位の大木を5人で倒し始めた。大木は半時間くらいで都合よく向こう岸へ倒れた。歩兵は渡るのに邪魔な枝を切り落とし、20米近い川を渡り始める。
 山砲を川に落とさないよう、注意の上に注意して渡川する。
 又今日もいくばくも進めぬ中に闇夜が迫ってきた。真っ暗闇の人跡未踏のジャングルには汐が満ちてきたのか、ジャブジャブと水の中を歩く。誰も聞き手にもならないのにああじゃ、こうじゃと皆我勝手なことを言いつつ、前に行くものを見失なわないよう、カズラ雑草を伐り払い伐り払い歩き続ける。砲身は肩に喰い込み、足は膝ががくがくである。とうとう休憩もなく夜が白白と開けてくる。ふと木葉のすき間に越しに先方に川が見える。程よい所に着いたと皆ホッとする。ところが先頭の歩兵が「切り倒した大木の橋が見える」と叫ぶ。我々は疲れて腰も上がらないが「それでは話が違う」と背伸びして見ると、昨夕切り倒した大木の橋が「オイデオイデ」と言わぬばかりに待ち構えているではないか。皆がっかりして一晩中何の為苦労をしたのか、誰に苦情を言ったらよいのかと思うが答える者はいない。
 このままではどうにもならず又向こう岸へ渡り渡船場迄進むことに山砲歩兵共に一決。又向こう岸へ渡る。
 然し昨日の如く敵が先回りしているとも想定。一番先頭歩兵一名安全栓を開き着剣。20米後に兵一、下士官一同じ武装。その後20米に将校、兵同じ武装。その後へ機銃の兵、その後へ部隊続く(部隊といっても死傷者を多く出しており全員約50名)。山砲一個小隊、火砲一で約30名それに通信観測が20名程であった。やっと全面の空が明るくなり水面が見えるところまで来た。向こうの島がアランデル島である。(ムンダとコロンバンの間にある島)