椰子の木(根元80cm)倒し

 中隊本部へ用件で出向き午前11時頃帰る。見ると分隊全員がマラリア熱で,この暑いのに毛布を被り「寒い寒い」と言って居り,中にはうめき声も聞こえる。30米横の第一分隊宿舎では,椰子の実をグイグイ喉を鳴らせて飲んでいる。それをうらめしそうに寝ながら横目で見ているではないか。
 「よし第二分隊も椰子の実位いつでもあるぞ」とばかりに斧を担いで椰子林へ入る。宿舎の近くでは空襲の恐れもあり,ほどよく離れた所で,実が多くついたものを選び斧を打ち込んだ。コツンと斧がはね返る程外皮が固い。次第に木の中心に近づくにつれて柔らかくなる。40分位経って木の倒れる方向を決め,今度は反対側よりコツンと入れ始める。コツンコツンという音が椰子林の中に響いていく。
 ふと後方で何かが動く気配がする。振り返って見ると,M地上等兵が唐米袋を背にして立っていた。「よく一人で切り込みましたね」と言って呉れる。椰子の実運搬に二度は通わねばと思っていたので「すぐ倒れるから運んでくれ」と言った。「N田班長が一人で椰子の木倒しをやっている。M地,今日はお前が一番元気だ。せめて実を運ぶ位手伝えよ」と分隊長が言われた由で「よろしくお願いします」と言う。暫くしてザラザラッという木葉の音と共にパリパリという木の裂ける音。ズシンと地響きを上げて倒れる。椰子の実は大きいが蟻が一杯だ。苦労する。まず蟻を除け実2個を取り穴をあけM地上等兵に1個を渡す。自分の頭の倍程の実を両手で握り,早速ゴクリゴクリと飲み始める。僕もすぐ口にした。本当に冷えたサイダーでも飲むような心地は,約1時間に及ぶ汗だくの苦労の結果である。
 二人で28個分隊に運んだところ,皆大喜びである。口を付ける前より「ホントに熱が引き気分がよくなった。もう熱は下がってしまった。有り難う」と言って感謝されたことは嬉しかった。残してきた実は方角を教え,後で運搬するよう隊員へ話す。