「双子の性別問題」も「眠り姫問題」と同型

 今頃になって気づきました。以前の記事に書いた「双子の性別問題」も、「眠り姫問題」と同型ですね。

shinzor.hatenablog.com

  • 問1「私には子供が2人います。一人は女の子です。もう一人も女の子である確率はどれほどか?」
  • 問2「私には子供が2人います。上の子は女の子です。下の子も女の子である確率はどれほどか?」

 

 問1と問2の八分表は次の通りです。求める確率は、(太枠)/(黄色塗)になります。

 「目覚め」は、「少なくとも一人は女の子」に、「睡眠」は、「二人とも男の子」に、「月曜」は、「妹がいる場合」に、「火曜」は、「弟がいる場合」に、「コイン表」は、「兄がいる場合」に、「コイン裏」は「姉がいる場合」にそれぞれ対応しています。

 このように、図表にすると、明確ですが、文章の問題だと、問1と問2の違いがわかりにくいです。紹介しているものの中には、どちらにも解釈できる曖昧なものもあります。ただ、問2の解釈をする人は、問1の解釈が頭の中にないのに対して、問1の解釈をする人は、両方の可能性に気づいたうえで、問2の解釈を否定します。

 次のジャンケン問題も人によって解釈が違うようです。

2連勝ジャンケン問題

AとBがジャンケン2回戦を行った。Aは2連勝していないことだけわかっている。Aが1回戦で勝った確率は?

 ジャンケン問題には、「Aが2連勝していない」という条件が付いていますが、「Aが1回戦で勝った確率」に影響しないと考えるのもアリかもしれません。ただし、それは条件付き確率の問題ではないと解釈しているわけです。眠り姫問題に1/2と答える人(最初の私のことですが)もそうです。

 そもそも条件付き確率というものが、多くの人が素朴にイメージしている確率と違うようです。少なくとも私が条件付き確率を最初に知った時は、奇妙に感じました。

 私の素朴な言語感覚では、「明日の雨の確率」は自然な語感ですが、「昨日が、雨だった確率」だと少し違和感があります。「Aなる条件でBの起こる確率」と聞くとAが原因でBが起こったという因果関係や、AのあとにBが起こったという順序関係があるかのように感じます。ジャンケン問題では、Aが2連勝したのは、1回戦のあとの出来事なので、1回戦の結果に影響しないと感じます。

 しかし、条件付き確率には、そのような因果関係も順序関係もなく、単に、条件Aを満たしているものの中のBの割合というだけで、八分表の(太枠)/(黄色塗)という意味しかないのですね。それだけのことで、難解な意味はないと思います。

ドゥ・メレの掛け金配分問題と眠り姫問題

 先ず、問題です。それほど難しくはありません。

AとBが3回勝負のジャンケンをしました。2回勝ったほうが掛け金300円を取り、そこでゲームは終了します。ところが、1回戦でAが勝ったところで、急用のため勝負を中断しました。そこで、300円を配分することになりました。次のAとBの主張のどちらが正しいでしょうか。

 

Aの主張:勝負を続けた場合の可能性は、次の4通りだ。

  • 2回戦と3回戦で俺Aが勝つ場合(AA)
  • 2回戦で俺Aが、3回戦でお前B勝つ場合(AB)
  • 2回戦でお前Bが、3回戦で俺Aが勝場合(BA)
  • 2回戦と3回戦でお前Aが勝つ場合(BB)

そのうち俺が賞金を得るのは、(BB)以外の3通りだから、3/4の225円を俺がもらう。

Bの主張:いや、2回戦でお前Aが勝った時点でゲームは終わりなので、(AA)と(AB)はダブルカウントだ。可能性は、次の3通りだ。

  • 2回戦でお前Aが勝つ場合(A)
  • 2回戦で俺Bが勝ち、3回戦でお前Aが勝つ場合(BA)
  • 2回戦と3回戦で俺Bが勝つ場合(BB)

お前が賞金を得るのは、そのうちの2通りだから、お前の取り分は、2/3の200円だ。

 正解はAです。なぜなら、Bの主張する3つの可能性の蓋然性は同じではないからです。つまり、(A)の確率は1/2ですが、(BA)と(BB)の確率は1/4です。従って、Aが賞金を得る確率は、(1/2+1/4)÷(1/2+1/4+1/4)=3/4 となり、Aの主張と同じになります。

 

 ここで、ルールを少し変えて別の問題にします。ジャンケンは3回戦まで必ず行うこととし、3連勝すると、快眠効果のあるヤクルト1000がもらえます。では、ヤクルト1000がもらえない場合に2回戦でAが勝っていた確率は如何ほどでしょうか。

 

 もうお分かりだと思いますが、これは「眠り姫問題」と同型の問題です。目覚めがヤクルト1000ゲット失敗に、睡眠がヤクルト1000ゲット成功に、月曜が3回戦でAが負け、火曜が3回戦でAが勝ちに、コイン表が2回戦A勝ちに、コイン裏が2回戦A負けに対応しています。次のそれぞれの八分表を比較すればわかります。

 眠り姫問題には、「裏で火曜日」を無視させるトリックがあります。裏が出たのは日曜日の1回であって、それを月曜日と火曜日の2回数えるのはダブルカウントのように思えてしまいます。これは、冒頭のジャンケン問題でのBの主張と類似の錯覚です。

 

 また、眠り姫問題では、表の確率は日曜日に投げた時の事前確率と変わらないような気がしますが、これは、3回戦まで行うジャンケン問題を、単に「2回戦でAが勝っていた確率は如何」と錯覚するのと類似しています。眠り姫問題には、「目覚め」という条件がありますし、ジャンケン問題には「ヤクルト1000ゲット失敗」という条件があります。実際には「ヤクルト1000ゲット失敗」条件は目立つので、錯覚することはないと思いますが、「目覚め」条件は無視されやすいので、錯覚するんですね。私も錯覚しました。

数学者がいとも簡単にヘマをやらかすのは何故?( 主観的憶測)

 確率の問題で錯覚しやすいのは、問題の具体的設定を確率の理論に落とし込むところですね。例えば、次の二つの問題の設定は錯覚しやすいです。

  • 問1「私には子供が2人います。一人は女の子です。もう一人も女の子である確率はどれほどか?」
  • 問2「私には子供が2人います。上の子は女の子です。下の子も女の子である確率はどれほどか?」

 確率の理論には、独立性とか従属性、加法定理やら乗法定理やらいろいろありますけど、まあ、常識的に分かり、それほど難しいものじゃありません。ある出来事の確率とは、可能性のある出来事総ての数に対するその出来事の数です。可能性のある出来事に条件を付けて絞ったものが条件付確率です。別にベイズの定理とか知らなくても大丈夫です。むしろ知らない方がいいくらいです。それだけのことなので、連続量でなければ四則演算ができればだれでもできます。私の知らない高度な理論もあるかもしれませんが、確率クイズ程度を解く分には要りません。高等数学を使うクイズなんてのは、面白くありませんからね。

 厄介なのは、出来事の数え方ですよ。この部分については確率の理論は教えてくれませんからね。数えた数字の処理について、数学は教えてくれますけど、処理に使う数字自体は矛盾がなければどんなものでもいいんですから。確率の問題の具体的設定を確率の理論が適用できる数字に翻訳する部分は、数学者の考える範疇の外なんじゃないでしょうか。数学者は出来るだけ多様な設定に対応できる理論の構築に腐心しますけど、どの理論を使うのか決めるのは、具体的設定の問題を解きたい人ですからね。数学者と具体的問題を解きたい人は違う場合が多いです。

 私は、建築技術者だったので、建物の構造計算を始める前に、現実の建物に計算が適用できるようにモデル化を行っていました。現実の建物の柱は例えば、80cm角の断面の立体ですが、1次元の針金みたいなものに大胆にモデル化します。そんないい加減なモデル化でいいのかと最初は心配になりましたが、経験を積むうちにまあ大丈夫と分かってきました。モデル化の妥当性の確認に感度解析などをすることもありますが、支障がなかったという経験に負う所が大きいです。もっとも、今までの経験にないことが時々起こるので、難しいのですが。それはともかく、モデル化してしまえば、数学者が考えた計算が使えます。この計算方法は極めて汎用性が高いので、建築分野以外の様々な分野で利用されています。計算では、現実に存在しない物性を持った材料を使うことも可能です。現時点では実現不可能な建築も想像上の世界では建築できます。

 このように、数学は強力です。しかし、モデル化については何も教えてくれません。建築技術者が経験と勘で考えるしかないのですよ。そんなあやふやな部分なのに、一番大事な部分だと何かといわれます。適切でないモデル化をすれば、後の計算は無意味になりますから怖いですよ。

 このモデル化に相当するのが、確率問題では、設定の出来事の数え方ではないでしょうか。この部分は、数学者だから得意というわけでもないと思うんですよ。賭け事の問題なら、経験の多いギャンブラーの得意分野です。モンティ・ホール問題は、数学者は間違えても、ギャンブラーはピンとくるみたいです。私は賭け事が嫌いなので単なる想像ですけど。「眠り姫問題」のような非現実的な設定を得意とする職業の分野はないのかもしれません。SF作家や哲学者が一見適任に見えますが、私はむしろ迷宮にはまり込みやすいと思います。何故かと言うと、非現実的な設定に見えて、同型の現実的な問題があるからです。

専門家がいとも簡単にヘマをやらかす数学の分野 ― 「眠り姫問題」ー賭けバージョンの補足

■ 再び、「眠り姫問題」ー賭けバージョン

 去年3月に書いた『「眠り姫問題」ー賭けバージョン』に修正追記しました。

本記事は、その補足です。先ず、賭けバージョンの設定をあらためて説明します。

 

オリジナルに次の賭けを加える。

眠り姫は目覚めたとき賭けをする。300枚のチップが与えられ、表か裏にチップを賭け、当たるとそのチップをもらえ、外れると回収される。どのように賭けるのがよいか。賭けないチップも回収される。

 もし、表が出た確率を1/2と考えるならば、どのような配分の賭け方(当然すべて賭ける)をしても1回の賭けの期待値は同じ150枚です。一方、表が出た確率を1/3と考えるならば、300枚全部裏に賭けるべきで、期待値は200枚です。賭けの回数は表なら1回、裏なら2回で平均1.5回なので、1回の実験の期待値は、225枚と300枚になります。異なる賭け方をしても結果が変わらなければ、1/2が、結果が変われば、1/3が正しいことになります。二つの賭け方について、次の手順で多数回試行のシミュレーションを行えば検証できます。

(表150、裏150と賭けた場合)

  • 事前確率1/2のコインを投げる
  • 表なら150を得る。裏なら、150を得て、さらにもう1回150を得る
  • 以上を多数回行い、平均を出す。

(表0、裏300と賭けた場合)

  • 事前確率1/2のコインを投げる
  • 表なら0。裏なら、300を得て、さらにもう1回300を得る
  • 以上を多数回行い、平均を出す。

 

■ 表の確率は1/2でも1/3でもよいが、裏に賭けるのが得

 手順を見れば、結果は明白で、実行するまでありませんが、やって見ました。前者は225、後者は300程度と違いました。よって、目覚めの場合の表の事後確率ならば、1/3が正解です。ただ、すぐにわかると思いますが、後者は、表の事前確率を1/2とし、裏で与えられるチップを600としても同じです。ですから、表の確率1/2とするのもアリといえばアリです。アリですが、賭けをしないオリジナルの問題なら、記憶を失ったり、裏の場合は月曜と火曜に2回質問する云々の設定は答えを出すためには不要で、事前確率を尋ねるだけの問題になってしまいます。一方、賭けをするなら、賭けの回数や、1回の賭けの賭け金は重要です。1回の賭け金が同じなら、回数が重要になりますし、1回の賭け金が違うなら、その賭け金が重要です。

 同じことが、実験を始める前に賭けをする場合にもいえます。実験を始める前なら、表の出る確率は1/2なので、どのように賭けても期待値は、同じです。実験前の賭けと実験中の目覚めの時の賭けの決定的な違いは、裏の場合の賭の回数です。実験前は1回ですが、実験中は2回賭けられます。言い換えれば、裏ならチップ600枚が提供されるのですから裏に賭けるのが得に決まっています。1回しか行わない実験前の賭けでも、表に賭けるなら300枚、裏に賭けるなら600枚のチップが提供されるならだれでも裏に賭けます。

 

■ 立場が曖昧だとパラドクスに陥る

 眠り姫問題は、裏の場合2回起こされることをどのように解釈するかで見解が分かれます。賭けの絡まないオリジナル問題では2回も1回も同じと考えても、それはそれでアリと私は思います。月曜も火曜も同じ眠り姫なのだから、一つの出来事と解釈するのは自由です。ただ、それは前述のとおり、事前確率を尋ねられたという解釈であり、問題の奇妙な設定は蛇足ということになります。

 しかし、賭けをするとなると大違いです。2回起こされることは2回チップが提供されることですからね。ギャンブラーなら、表の確率とは、300枚のチップが提供される可能性のある3日のうち1日という意味に考え、1/3とするはずです。あるいは、提供されるチップが表の300枚に対して裏は600枚と考えるなら、事前確率の1/2を期待値計算に用います。どちらも同じです。

 蓋然性の同じ事象を1日(表の月、表の火、裏の月、裏の火の4つある)と考えるのか、コインの裏表(表、裏の2つある)と考えるのか、それはどちらでも構いません。ただし、後者の立場では、表の場合「目覚」という条件付確率を出せなくなります。苦し紛れに、前者の立場が混じりこむとパラドクスに陥ります。一方、後者の立場でもギャンブラーなら、裏のチッブを表の2倍と考えて正しく裏に賭けます。

 

■ レナード・ムロディナウ著「たまたま」2、3章の要約

 数学の世界では、古代ギリシア人がひときわ目立っている。幾何学の天才であるギリシア人は、地球の半径を計算した。しかし彼らはサイコロさえ持っておらず、不確かな見解に異を唱えた。プラトンは「確率の議論はペテン師のすること」といい、またソクラテスも「幾何学で確率や見込みを議論するような数学者は、一流数学者の名に値しない」と述べた。

 世界で初めて書かれたランダムネスの理論の本は、16世紀にジェロラーロ・カルダーノによるものだった。カルダーノは、占星術師、医者であったが、ギャンブルの才能があることに気づき、ギャンブルの世界へと足を踏み入れ、学費のために1000クローネ以上の金をため込んだ。そして間もなくギャンブルの理論を書き始めた。

 カルダーノの洞察は後に「標本空間の法則」という原理にまとめられた。この法則の優れた力の例証がモンティ・ホールの問題である。この問題は、コラムニストのマリリン・ボス・サヴァントのコラムで取り上げられたが、1000人ほどの博士が手紙を書いてきた。その多くはマリリンのコラムの間違いを指摘していたが、正しかったのはマリリンであった。それ以前にも、同種の問題をマーチン・ガードナーが取り上げて「専門家がいとも簡単にヘマをやらかす数学の分野は、確率の理論をおいてほかにはない」と書いている。

眠り姫問題のその他の仕掛け

 前の前の記事で、眠り姫問題には錯覚を起こす仕掛けがあると書きました。その続きです。

 ここで、問題を言い換えます。

 問2:「さあ、あなたは目覚めた。今日がコインの表が出た後の日である確率は?」

 これだと、1/3のように感じませんか。3日ある目覚める日のうち、表が出た後の日は1日だけですからね。

 オリジナルの質問は次の通りです。

問2:「さあ、あなたは目覚めた。場合 Aである確率は?」

なお、

  • 場合A:表が出た場合 - あなたは月曜日に一度起こされ、インタビューされ、また眠らされ、ずっと眠り続ける。
  • 場合B:裏が出た場合 - あなたは月曜日に一度起こされ、インタビューされ、また眠らされ、火曜日に一度起こされ、インタビューされ、また眠らされ、ずっと眠り続ける。眠りは記憶を消すほど深いので、目覚めたとき月曜か火曜かはわからない。

 意図的かどうかわかりませんが、ここにも仕掛けがあります。場合Aとは「表が出た場合」であり、場合Bとは「裏が出た場合」です。特に場合Bには火曜日に起こされ、インタビューされることも含んでいることが要注意です。「今日が場合Aに含まれる日の確率」ではなくて、場合Aが起こる確率」を尋ねていると錯覚しませんか。つまり、表が出る事前確率のように誘導しているわけです。

 場合Aが起こる確率は、1/2であり、場合Aかつ起こされる確率と場合Aかつ起こされない確率は、ともに1/4です。また場合Bが起こる確率は、1/2で、場合Bかつ起こされる確率も、1/2です。目覚めたときに尋ねているのですから、起こされている場合に場合Aである確率を尋ねていると考えるのが普通ですが、質問の文言は単に場合Aが起こる確率を尋ねているだけなんですね。なんともあいまいです。

 パラドクスのように感じて混乱するのは、解答者が「今日が場合Aに含まれる日である確率」「場合Aが起こる確率」の違いを明確に意識していないからだと思います。違う事柄の間で思考が行ったり来たりして奇妙な気分になります。私自身がそうでした。

 私は、言葉で考えていてスッキリしないときは、図表を描いてみます。描き表せればスッキリすることが多いし、うまく描き表せないときも、何か錯覚していると気付けます。

 

奇妙な「眠り姫問題」と奇妙じゃない「検査問題」

 眠り姫問題は、「表である事前確率」と、「目覚めているとき、表である条件付き確率」の混同に誘う問題です。少し違いますが、「検査陽性のとき、感染している条件付き確率」と「感染しているとき、陽性である条件付き確率」の有名な混同があります。「訴追者の誤謬」ともいい誤審の原因になります。そこで、眠り姫問題と同型の検査問題を作ってみました。

検査問題

 感染者の陽性率(感度)が50%、非感染者の陰性率(特異度)が100%という鈍い検査がある。人口の50%が感染している時、この検査で陰性だった場合に、感染している確率は?

 眠り姫問題と検査問題の四分表を書いてみると全く同じになります。

 さらに、月曜、火曜という眠り姫問題の条件も加味すると次のようになります。

 

検査は日曜日に行う。

感染している場合、陰性ならば月曜日に、陽性なら火曜日に受検者へ伝える。

非感染の場合、コインを投げ表なら月曜日に、裏なら火曜日に受検者へ伝える。

いつ伝えるかは受検者には教えない。

 

Q1:陰性と伝えられた者の感染の確率は?

Q2:月曜に陰性と伝えられた者の感染の確率は?

 感染、非感染が分かっていながら検査するのかというツッコミはなしです。無意味でも検査は可能ですからね。そもそも眠り姫問題はそういう非現実的な設定です。また、受検者への検査結果の使え方が実に恣意的ですが、眠り姫の起こし方も実に恣意的です。その恣意的なところもよく対応しているんじゃないでしょうか。

 「表・裏」と「感染・非感染」、「目覚め・眠り」が「陰性・陽性」、「月・火」が「月・火」に対応していて、この場合の八分表は次のようになります。

 実のところ、検査問題も勘違いしやすく、分かり安いたとえにはなっていませんので、疑問を解消する役にはたちません。それでも、眠り姫問題のどこが錯覚しやすいのか探るヒントにはなると思います。四分表も八分表も眠り姫問題と全く同じであることはわかります。にもかかわらず、不思議なことが起こっているとか、パラドクスになるような雰囲気はありません。検査は100%正しいわけじゃないし、しかも、陰性の場合の感染者ですからね。陰性の場合の感染確率と感染の事前確率が違うのは当たり前です。

 最初、私は、眠り姫問題の記憶を失う設定に秘密があるような気がしました。しかし、別に記憶を無くす必要はありません。検査問題と同じように眠り姫に伝える情報を恣意的に操作すればよいだけです。そして情報の与え方を言葉ではなく、起こすという行為に紛れ込ませれば、混乱を引き起こせます。

 その効果で、「眠り姫が起こされてから新しい情報は何も与えられていないので、表の確率は事前確率と同じはずだ」と錯覚してしまいます。実は、眠り姫には目覚めと睡眠という情報が与えられます。目覚めたのは、検査問題では、陰性と教えられたことに相当しますが、こちらは明確に情報とわかります。

 寝覚めの情報より分かりにくいのが、睡眠の情報です。眠っていることは意識できないので、その状況が存在しないように錯覚するのかもしれません。「表・裏」と「月・火」の2条件の4分表を書いてみれば、下の左側のように「表火」の確率をゼロにしたくなるのではないでしょうか。私はしたくなりました。しかし、すべての情報を網羅した八分表をみれば、右側になるのが分かります。表が出た後の火曜には眠っている眠り姫がちゃんと存在しています。*1

 睡眠中の眠り姫に情報を与えることはできませんが、目覚めている日曜に「あなたが火曜日に眠っていたとしたら、その時に表が出た確率は?」と尋ねることはできます。その回答は?

*1:睡眠という状態はそもそも存在しないとして、左側の四分表とする立場もあるかもしれません。この場合、表の事前確率は1/3です。ただし、「目覚めた眠り姫に尋ねた」という問題の設定が蛇足になります。

 【6/12追記】事前確率が1/3は、腑に落ちないという人が多いと思います。月曜という条件では表の確率は1/2になるけれど、条件無の事前確率は1/3というのは、理解しがたいのではないでしょうか。それも当然です。これは、非現実的な設定でこの非現実的な世界では、睡眠は存在せず、曜日も月曜と火曜しか存在しません。そして、火曜に表が出ることはないのです。つまり、表に示す3つの状態がありうるすべてという世界です。

 この非現実的な世界と、現実の世界を両立させようとしたら当然、矛盾が生じてパラドクスになるわけです。

久しぶりの「眠り姫問題」ー なぜパラドクスと錯覚するのか

■ 錯覚

 「眠り姫問題」について、久しぶりにツイッターでやり取りしていて、初歩的な錯覚をしてしまいました。

 「今日が月曜なら、表の確率は・・・」と「今日が月曜でかつ表の確率は・・・」を良く読まずにうっかり同じと書いてしまいました。前者は、月曜という条件を満たすケースのうち、表のケースの割合で、後者は、すべてのケースのうち、表かつ月曜のケースの割合です。全く違いますが、言葉で表すと違いが見えにくくなります。ちゃんと読めばいいのですが、粗忽者の私は、頻繁にこういう錯覚をします。

 言葉では曖昧になるときは、図解がよいので、条件付確率の説明でよく使う四分表と八分表で表してみました。なお、表には青字かっこ書きもありますが、それは後で説明します。とりあえず無視してください。

「今日が月曜なら、表の確率」は、

(①+③)/(①+③+⑤+⑦)=1/2

で、「今日が月曜でかつ表の確率」は、

(①+③)/(①+②+③+④+⑤+⑥+⑦+⑧)=1/4です。

 図表と、式で表せば明瞭に違います。ところが、言葉で表したものが、図表と式ではどうなっているのか、私は明確に意識していなかったようです。これでは、混乱しますね。

 

■ 眠り姫問題の仕掛け

 眠り姫問題には、私がした錯覚と同じような錯覚を引き起こす巧妙な仕掛けがあると思います。私が最初に読んだバージョンには、次のようななお書きがありました。

なお、コインを投げるのは日曜でなくとも、眠り姫が答えた後でも問題の設定に影響しない

 私は、目覚めという条件付き確率の問題だと思っていたのですが、そこへ、コインを投げるのは、眠り姫が眠りにつく日曜日でも、目覚めた後の月曜でも、どちらでもよいのなら、事前確率と同じ1/2だと思ってしまいました。今から投げるコインの表が出る確率は当然1/2です。それは全く正しいのですが、眠り姫が尋ねられた質問はそれとは違います。眠り姫が質問を受けるのは火曜の場合もあり、その場合は既にコインは投げられていて裏なんです。そして、眠り姫には月曜なのか火曜なのかわかりません。

 コインを投げるのは日曜でも月曜でも、問題の設定に影響しないのは確かにその通りです。しかし、設定に影響しないだけで、「目覚めている」という条件と「月曜日に目覚めている」という条件は違います。

 この仕掛けに嵌り、1番目の質問「目覚めたとき、表の確率は?」に1/2と答えると、2番目の質問「月曜に目覚めたとき、表の確率は?」で混乱します。1番目の質問の答えが、事前確率と同じ1/2と考えてしまうと、目覚めている場合の裏の条件付き確率も1/2になります。そして、目覚めていて裏の場合には、月曜と火曜がありますので、月曜に目覚めて裏の確率は、半分の1/4になります。すると、月曜で目覚めという条件での表の確率は、(1/2)/(1/2+1/4)=2/3になってしまいます。月曜という条件がつけば猶更、事前確率と同じ1/2になるはずなのにならないので、混乱してパラドクスと感じてしまいます。私がまさにそうでした。一方、最初の仕掛けに引っかからなければ、1番目の問は1/3、2番目の問は1/2と答えてパラドクスとは感じないのではないでしょうか。

 ここで、八分表でそれぞれの確率を再確認しておきます。

表である事前確率:P(表)

=(①+②+③+④)/(①+②+③+④+⑤+⑥+⑦+⑧)=1/2

目覚めの場合に表である条件付き確率:P(表|覚)

=(①+②)/(①+②+⑤+⑥)=1/3

月曜で目覚めの場合に表である条件付き確率:P(表|覚⋀月)

=(①)/(①+⑤)=1/2

 

■ 曜日の条件は無視されやすい

 眠り姫問題には、表か裏か、月曜か火曜か、目覚めているか寝ているかの3つの条件があり、8つの可能性の八分表に表せます。問われているのは、目覚めている場合のコインが表の確率です。この条件のうち曜日はどうも無視されやすいようです。月曜も火曜も同じ眠り姫の経験する事象なので、裏月と裏火を二つの事象と考えにくいのです。仮に、一つの事象と考えるならば、表月と表火も一つの事象と考えなければ首尾一貫しません。ところが、表月は目覚めていますが、表火は寝ていますので、この事象は目覚めか睡眠か決められません。「目覚めている時に表である確率は何か」という問題自体が成立しなくなります。

 私も最初は、八分表ではなく、曜日の条件のない四分表で考えました。すると、P(表∧覚)、P(裏∧覚)、P(表∧眠)を、1/4、1/2、1/4にすべきか1/3、1/3、1/3にすべきかで混乱しました。その後、八分表で考えて、表裏の事前確率が1/2ならば、前者になり、後者は表の事前確率が2/3になることが分かりました。表の青字かっこ書きは後者の立場を示しています。

■「哲学」は要らない。

 眠り姫問題主観確率やら人間原理を持ち出して哲学的に解説する人もいます。そういう立場を全く否定するわけではありませんが、私には理解できませんし、必要性も感じません。

 そんなことを考えなくても、眠り姫問題は、「表裏」、「覚眠」、「月火」の3つの条件の八分表を作れば簡単に解けます。特に、3つの条件が互いに独立ならば、3つの事前確率を掛算するだけで、八分表のマス目は埋まり、そこから条件付き確率も計算できます。実際の眠り姫問題の3つの条件は独立ではありませんが、問題の設定を満足するように、八分表を埋めればよいだけです。

 

■ まとめ

 眠り姫への質問は次の3つです。

 

問1:「いまは日曜日、実験開始直前である。場合 A(表) である確率は?」

問2:「さあ、あなたは目覚めた。場合 A(表) である確率は?」

問3:「さあ、あなたは目覚めた。今は月曜日である。場合 A(表) である確率は?」

 

 問1に1/2と答えたなら、問2は1/3、問3は1/2ですし、問1に2/3と答えたなら、問2は1/2、問3は2/3です。混乱して、これらが入り混じってしまうと矛盾、パラドクスに陥ります。ここまで述べたことをまとめると以下の通りです。

 

  • 月曜日と火曜日を一つの事象と考える立場では、眠り姫問題が成立しない。
  • コインの表の事前確率を1/2と答える立場なら、問2は1/3。
  • コインの表の事前確率を2/3と答える立場なら、問2は1/2。
  • コインの表の事前確率を1/2と、問2に1/2と答える立場は矛盾し、パラドクスに陥る。
  • 問2も問1と同じ事前確率を尋ねているという立場なら、問2は1/2か2/3。ただし、問題の様々な設定は無関係とする、つまらない立場である。