水質基準の根拠

 お台場海浜公園会場の水質悪化で、パラトライアスロンW杯のスイムが中止になりました。ネットでは、ウンコ水という風評一色で、東京都には打撃です。2014年から人工砂浜を作り、海水浴を期間限定で始め、将来的に期間拡大しようとしていますからね。

 一般向けの海水浴場としては前途多難ですが、一部のスキ者は、以前からあの醤油ラーメンスープに浸かって遊んでいて、実は私もその一人でした。お台場は、ウィンドサーフィンの初心者の練習場でしたので、20年以上前のことですが数回利用したことがあります。

 また、私は知らなかったのですが、20年以上にわたり、トライアスロン日本選手権のスイム会場となっていたそうです。つまり、一般の人はともかく、一部のスキ者は昔から利用し、たまにうっかり水を飲みこんだりしてきた歴史があるのです。しかし、ニュースになるような健康被害は発生していません。私も大丈夫でした。

 ネットの意見は、あの水に浸かったこともなく、今後も浸からないであろう一般の人のものがほとんどだと思います。見た目はラーメンスープですし、基準の2倍の糞便性大腸菌と報道されると、一般の人がウンコ水と言うのも無理は有りません。しかし、個人的経験からは、それほど心配することはないという感覚なのですね。だた、それは、喫煙者が個人的経験がらタバコは無害と主観で主張するのと同じかもしれません。競技の水質基準の2倍という値がどれほどの健康被害をもたらす恐れがあるのかは、基準とその根拠を知る必要があります。ということで調べてみました。

 調べる糸口として、報道の記述を見てみたところ、どの報道を見ても「基準値の倍」と書いてあるばかりで具体的な値はありません。日本トライアスロン連合(JTU)のオフィシャルサイトにも見当たりません。基準そのものは、国際組織のITUのものらしいので、ITU競技規則の簡易和訳版も見たのですが分かりませんでした。やっとのことで、基準値だけは、2017年に行われた「お台場海浜公園における水質・水温調査結果について」の中に見つけることができました。しかし、その根拠は不明です。

 そこで、水浴場の水質基準など関連する他の基準が参考にならないかと思い、調べました。まとめると次の表のようになります。

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 ここで、指標が大腸菌数、ふん便性大腸菌群数と大腸菌数の3種類あります。「水浴場の水質判定基準におけるふん便性大腸菌群数について」によると、人体への健康影響の指標としては大腸菌数が一番適切らしいのですが、測定が面倒なので大腸菌群数などを、代替指標として用いてきたそうです。その後、水道水質基準は大腸菌数に平成16年に、また、遊泳プールの衛生基準も大腸菌数に平成 19 年に改正されたそうです。これらの指標には、大腸菌群数>ふん便性大腸菌群数>大腸菌数 という関係があります。

 前述の「水浴場の水質判定基準におけるふん便性大腸菌群数について」を読むと、これらの数値の根拠らしきことが書いてあります。基本的な方針は、「健康障害発生の可能性を根拠に決定する。」となっています。ただし、飲料水や食品のように、動物実験などで直接的に健康障害を調べてはいないようで、我が国や諸外国の水浴場の現状を基に決めているのが実態みたいです。特に、アメリカの諸州の状況は、大腸菌群が1000とか2000以下という基準だったようで、それで特に問題が生じていないのでそれに倣ったという程度の決め方のようです。

 つまり、健康被害の発生する値に安全率をかけて基準にしたのではなく、問題の生じていない水浴場の値を採用したわけです。従って、基準値を満たせばほぼ安全とは言えますが、基準値をどの程度上回ると健康被害が生じるのかは不明です。実際のところ、健康被害よりも、透明度や臭いという快適さに関わる要因が水浴場の基準としてはクリティカルという気もします。

 また、FINAは、水温のみで水質の基準は開催国に一任しています。一任された日本は、水浴場水質基準の最低ランクCを採用しています。競技では水質はあまり気にしていないようで、水温がクリティカルなのかもしれません。パラトライアスロンW杯出場選手のコメントも水温に関するものでした。

 さて、気になるのは、「大腸菌数を250個以下(ITU基準)」と「ふん便性大腸菌群数を1,000個/100ml以下(水浴場の基準)」では、どちらが厳しい基準なのかです。大腸菌数はふん便性大腸菌群数より少ないのですが、その比率は一定していませんので、一概には言えません。ですが、幸いなことにお台場では、前述の2017年調査で両方を調べており、その比率が分かります。測定場所や日時で大きな違いがありますが、おおよそ、ふん便性大腸菌群数は大腸菌数の倍というところです。一方、基準値は大腸菌数が1/4なので、お台場に関してはITUの基準が厳しく、ITU基準の2倍でも、水浴場基準ギリギリとなります。つまり、トライアスロンのスイム会場としてはNGだったけど、海水浴場としては「可」の可能性もあったということです。

 もちろん、スイム開催日1日だけに水浴場の基準を機械的に当てはめただけで、他の日には大幅に基準超えしているので海水浴場として適しているというわけでは有りません。また、「ふん便性大腸菌群数を1,000個/100ml以下」は最低のC判定であって、実際の日本の他の海水浴場は、お台場よりはるかにきれいです。令和元年の海水浴場の調査結果では、不検出のAAが72%、100個以下のAが13%です。

 以上をまとめると、お台場は他の海水浴場より格段に汚いのは確かですが、基準値超えで健康被害が発生するかは不明です。私の経験からは問題ないと思います。それでも、基準は基準なので競技は中止しなければなりませんが、屋外の自然環境で行う競技では、中止や延期はよくあることで、大騒ぎするようなことでもないと思います。