財政赤字は、家計の赤字ではなくお母さんの財布の赤字

 「国債を家計の借金に例えられるか?」で述べた大家族の家計はお母さんが付けています。それとは別にお母さん個人の財布もあります。お母さんは無収入なので、その財布への収入は、働いているほかの家族から徴収していますが、徴収して自分の為だけに使うのではありません。お母さんは家族全員のことを考えていますから、家族共通に必要なものは、その財布から出費しています。

 お母さんの役割は大変で、家計を健全に維持しないといけません。家族の収入が減れば、家計の支出を抑えるだけでなく、家族の収入を増やすための支出に自分の財布から出費しなければなりません。

 ところが、日本家のお母さんは、家計簿をつけておらず、自分の財布にしか関心がありませんでした。家族の収入が減っているのに、家族からの徴収額を増やし、家族共通に必要なものへの支出を減らし、自分の財布の赤字を無くそうとしました。その結果、家族の収入はさらに減り、家計はますます厳しくなりました。

 お母さんの行動にはもう一つ理由がありました。少し前は、家族の収入は好調でした。というか好調過ぎました。お金余りのインフレになったので、お金を眠らせて価値を減らしていくよりはと、家族のだれもがお金を消費したり投資して更に収入を増やそうとしました。ところが、投資によって生み出されるものの値段が、家族の購買力や需要を超えてしまい、価格が暴落しました。お母さんは羹に懲りて膾を吹いたのでした。

 現状は羹なのでしょうか。それとも膾なのでしょうか。私には膾に思えるのですが。