死亡率を下げる効果のない検診で見つけたがんの治療を行ったほうが良い理由は理解できていない

 甲状腺がんの治療に関して,次のツイートをしました。

 しばらくしたら,ublftbo(TAKESAN)さんから、「心理ではなく知見(に拠るガイドライン)です。」というはてぶコメントを頂きました。確かに、ublftboさんのおっしゃっていることの方が正確だと思います。

 では、何故「心理」という表現にしたかというと、以前にNATROMさんに、何故、死亡率を下げる効果のない検診で見つけたがんを治療するのかという質問をしたところ、「端的に言えば「そうは言うても見つけてしまった以上は治療しないわけにはいかないやんけ」って感じです。」という返事をもらったからです。

 ただし,NATROMさんは,ublftboさん同様に,ガイドラインでは「手術適応」になるとおっしゃっていて,その主旨の次のツイートが発端なのです。

「症状のない人に膵臓がん検診をしたほうがいいか」という問題と、「他の病気に対する検査で偶然見つかった無症状の膵臓がんを治療したほうがいいか」という問題は別です。現時点のコンセンサスは「膵臓がん検診はしないほうがいい」「発見された膵臓がんは無症状でも治療したほうがいい」です。

 でも,私にはこれが理解できませんでした。無症状の人に検診してがんを見つけても,死亡率は検診しない場合と変わらないないなら検診はしない方がよいと言いながら,見つけてしまったがんは治療したほうがよいというのは,単純な理屈では矛盾としか思えません。

 例えば,乳がん検診には過剰診断も含まれますが,ある年齢以上では,死亡率を減らす効果もあるので,検診は推奨されています。しかし,甲状腺がんのように死亡率を減らす効果がない検診とは,検診を行った100人と行わない対照群100人のその後の死亡率に違いがないということです。この場合,検診群では見つけたがんの治療を行うのに対して,対照群はがんがあるかどうか不明なので治療しないことが違います。治療の有無にかかわらず,死亡率に違いがないということは,治療の効果がないと私は単純に考えます。しかし,そうではないというのはなかなか理解しがたいです。

 理由の一つとして考えられるのは検診自体の悪影響です。検診群と対照群では,治療の有無以外に検診の有無に違いがあります。もし,検診が死亡率を増やす悪影響があり,治療に死亡率を減らす効果があり,しかもその影響が相殺しているのならば,検診群と対照群の死亡率は変わりません。しかし,検診してしまった以上見つけたがんは治療した方がよいことになります。

 ただ,ちょうど悪影響と治療効果が相殺するという偶然の可能性は極めて少ないと思います。また,悪影響のある検診ではなく,他の検査でたまたま見つけた無症状のがんも治療したほうが良いらしいので,その場合の理由は全くわかりません。ただ,治療に死亡率を下げる効果がないという上述の理屈自体は極めて単純な論理であり間違いはないでしょう。論理に間違いはないのですが,現実には単純な論理に抜け落ちている複雑な事情が多分あるのでしょう。私がNATROMさんに尋ねたかったのは,その複雑な事情でした。

 残念なことに,複雑すぎるようで,「本気で説明するのはけっこう難しいのです。」という返事でした。これを理解するには,医療の専門家と同じだけの知識とさらに経験が必要なのかもしれません。

 ということで,理解はあきらめ,専門家の意見を信用するというヒューリスティックな判断に現時点では落ち着いています。ヒューリスティックな判断ですから,納得したわけではありません。そもそもガイドラインは症状のある場合の治療の判断を示すもので,スクリーニングで見つけた無症状のがんに適用できないのではないのでないかという疑問は残っているのです。

 私の仕事の分野にも、ガイドラインや基準はありますが、完璧ではありません。完璧ではないからこそ改正が絶え間なく行われています。基準に不備があり改正すべきだという認識がその世界の大勢となっても、改正されていない時点で、基準を守らなければ、形式上は違反で責任を問われます。ガイドラインの場合はそこまで厳密ではありませんが、改正先取りを個人の判断で行うのはそれなりに覚悟が必要です。そういうことが医療分野でもあるのではないかと憶測したりしました。

 そんな「モヤモヤがあるので「見つけちゃったら治療しないわけにいかないという心理になるらしい。」という少々問題のある表現をしてしまいました。

 参考までに,NATROMさんにお尋ねしたツイートを張り付けておきます。