明瞭なようで不明瞭

 豊洲市場移転問題のツイートのやり取りで,次のように言われました。

鮪に限らず、築地の仲卸業者は高級魚だけを扱うのではなく、高級料亭から大衆食堂、商店街の魚屋さんまで、値段と用途に合わせて適切で良質な魚を卸すのが仕事なんだと祖父も父も弟も申しておりました。それができるのがいわゆる目利きで、高級魚だけを選ぶなら素人でもできるそうです

 ごく普通のことのようで,最後のところが少し引っかかります。よくよく考えてみると,いろんな意味に受け取れます。
 なお,豊洲市場移転問題とは全く無関係で,誤解や行き違いの原因にはこんなこともあるのではないかというのが,この記事の主旨です。

■文字どおりの意味

 料亭向けの高級魚だけを扱うのではなく,大衆食堂、商店街の魚屋向けの大衆魚も扱っている,という前半の意味はよく分かります。しかし,「高級魚だけを選ぶなら素人でもできる」の部分は,どういう意味なのでしょうか。タイ,ヒラメ,サンマ,イワシの中から,高級魚のタイとヒラメを見分けることなら,素人の私だってできますし,大衆魚のサンマとイワシも見分けられます。従って,「高級魚だけ」ではなく大衆魚も見分けられますので,私も目利きのプロになってしまいます。これはどう考えても変なので,この意味ではないはずです。

■高級魚の中でさらに品質を見分けられるという意味

 タイやヒラメという高級魚の鮮度の違いや,味の程度まで見分けられるという意味が次に考えられます。でも,これは素人の私には少し難しく,「素人でもできる」とは言えません。
 また,高級魚の品質の見極めは簡単だけど,大衆魚は難しいというのも疑問です。従って,この意味も変です。

■多種の魚を見分けることができるという意味

 「タイ,ヒラメ,サンマ,イワシ」の4種ならば,高級魚と大衆魚を見分けるのは簡単です。しかし,私が見たことのないような多種の魚が実際にはありますので,それらも見分けることができるのがプロの目利きという意味はどうでしょうか。つまり,高級魚と大衆魚の間にグレーゾーン魚が存在し,高級魚とグレーゾーン魚の区別は素人でもできるけど,大衆魚とグレーゾーン魚の区別はプロの技という意味です。
 この意味は,高級魚と紛らわしいグレーゾーン魚は殆ど存在しないけど,大衆魚モドキは無数にあって間違い安いということです。ありえないではありませんが,どうなんでしょうか。

 結局,どういう意味なのか分かりません。私にはわからない重大な意味があるのかもしれません。誰か教えてくれると嬉しいですが,期待していません。何気なく聞いていると特に変な感じは受けないけど,考え出すと意味が不明瞭だなということは,会話ではよくあります。無意味でもノリで成立する会話もありますからね。

【蛇足:医療検診のアナロジー
 
 三番目の最後に述べた場合で,グレーゾーン魚も詳しく調べれば高級魚か大衆魚に分けられるとすると,医療検診の特異度とか偽陽性の問題と似ています。

特異度と偽陽性率と陽性反応的中割合と

 魚の目利きを医療検診になぞらえると,次のようになります。

実際の高級魚を高級魚と正解した数:a
実際の高級魚を大衆魚と間違えた数:c
実際の大衆魚を高級魚と間違えた数:b
実際の大衆魚を大衆魚と正解した数:d

目利きを評価する指標は次のようになります。

高級魚を高級魚と正解した割合A:a/(a+c)
大衆魚を大衆魚と正解した割合B:d/(b+d)
高級魚を大衆魚と間違えた割合C:c/(a+c)=1-A
大衆魚を高級魚と間違えた割合D:b/(b+d)=1-B
高級魚と判断した内、高級魚の割合E:a/(a+b)
大衆魚と判断した内、大衆魚の割合F:d/(c+d)

高級魚の事前確率:(a+c)/(a+b+c+d)

 目利きの技を評価するのは,A〜Dです。A,Bの正解の率が大きいほうが腕がよい良いといえそうですが,やみくもに高級魚と言えば,Aは100%の満点です。ただし,Bは0%になってしまいますし,Dの間違いも100%になってしまいます。

 また,患者ならぬ,顧客の関心事は,A〜Dではなくて,E(高級魚判定的中率)とF(大衆魚判定的中率)です。cやbの間違いがゼロなら理想的目利きで,E,Fも100%になりますが,現実にはあり得ません。

 さらに,E,Fは,目利きの技(A〜D)だけではなく,高級魚の事前確率や大衆魚の事前確率に影響されます。高級魚は味の良さだけでなく希少性すなわち事前確率が小さいと考えれば,殆どが大衆魚になります。すると,AとBの目利きの技が100%近くあっても,高級魚と判断したものが大衆魚である可能性は大きくなります。